言葉でできた夢をみた。

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。(書きながら、勉強中。)

読書日記

本当とは何か? 嘘とは何か?―小山田浩子『作文』

「この物語はフィクションであり、実在する団体・人物等とは一切関係がありません。」 よく見かける文が本書の後ろにも小さく印刷されているのに気がついた。 後半は普通にわかる。本書に登場する人名やSNSのアカウント名はこの作品のための「創作」であって…

傷痕ひとつ、もうひとつ―石原燃「いくつかの輪郭とその断片」

自分が傷ついていることを、傷ついた瞬間に気がつけるものなんだろうか、と思う。その時の感情を後で振り返って、言葉にすることができて、そうしてはじめて見つかる傷痕をいくつも抱えて生きているんじゃないだろうか。ある出来事とそれに付随する感情がず…

アイヌ語を書く/アイヌを書く―石村博子『ピリカチカッポ(美しい鳥) 知里幸恵とアイヌ神謡集』

アイヌ語を勉強し始めて、だいたい1年が経った。 テキストを二冊通読したところで、次に手に取るテキストがなく、ここから先どうやって勉強をしたらいいのか?と自分で考えていかないといけなかったりするのが英語やドイツ語とは違うところで、なかなか苦労…

水の変幻、その感触―小山田浩子『ものごころ』

今回は小山田浩子さんの『ものごころ』を読んだ感想を書いていこうと思う。 見えないものを、あるいは見えなくなってしまったものを見ようとする小説の試みを強く感じる一冊だった。 小山田浩子『ものごころ』(文藝春秋、2025年) ものごころ 作者:小山田 …

ディープさの底のほうで―小山田浩子『最近』

数年前の出来事を思い出そうとすると時間の基準がコロナ禍になっていることに気がついた。あれはコロナの前だったとか後だったとか、マスクをしていた顔、ワクチンの副反応で出た高熱、そういうコロナに纏わる出来事を人生のマイルストーンみたいにして考え…

おーい。―滝口悠生『水平線』

おーい。 読み終えて、こう言いたくなった。おーい。これは誰の声なんだろうと言ったら、いやお前だろ、と返ってきたりして、でもそのお前って誰だと思うって、私は誰に聞いているんだろう?インターネット上の言葉はどこか漂流物めいている。 小説を読んだ…

食との間合い――小山田浩子『小さい午餐』

「飲食店」というべきところを時々うっかり「ごはん屋さん」と言ってしまう。私の中で両者の意味はほとんど変わらない。「ごはん屋さん」にはラーメン店も蕎麦屋もファミレスも喫茶店も、天丼かつ丼海鮮丼、コーヒー紅茶ケーキ……なんでも食べる物は全部ひっ…

「物語」という連絡通路―星野智幸『焰』

一冊の本になる前の数年間にあちこちの雑誌で読んでいた時には、今この世界を覆う負のムードや社会問題を寓話化した物語群だと思っていた。確かにそういう側面もあるかもしれない。ところがその物語群は一冊の本となった時、もっと大きな可能性を焰(ほのお…

仕方なく車に乗せる―古川真人「風呂の順番」

古川真人さんの作品の中で、すっかりお馴染みになった一族の物語。 今作は大村美穂とその夫である明義、ふたりの息子(浩、稔)と娘の奈美という5人の〈家族〉が中心に描かれている。古川さんの作品を私はずっと「声」の作品だと思って追いかけてきた。その…

地球人という器―三島由紀夫「美しい星」

有名な作家の名を冠した文学賞はいろいろあるけれど、まさかそのうちのひとつの最終候補という名誉に自分が与ることになるとは、手を真っ黒にして鉛筆で文字を書きまくっていた子供時代の自分には思いもつかないことだったろう。書くことに関して真摯にやっ…

獣と人―河﨑秋子『ともぐい』

河﨑秋子さんの本は、私の空白を満たしてくれる存在だ。北海道という土地のことを知りたくて、編纂された歴史書をどんなに読んでもわからなかったこと、寡黙な親、祖父母が決して語らなかった「あの時」「あの場所」とも言うべき、かつて確かに人が生きてい…

どこにもなくて、遍くある―絲山秋子『神と黒蟹県』

〈蟹という字が書けるだろうか。〉 黒蟹営業所への異動が決まって、北森県から黒蟹県紫苑市へ赴任することになった三ヶ日凡。彼女が最初に思ったこんなことからこの小説は始まる。書き慣れない文字のある住所に移り住むこの感覚は転勤族の家庭で育った私には…

気配と手触り―小山田浩子『パイプの中のかえる』『かえるはかえる パイプの中のかえる2』

久しぶりに小山田浩子さんの短篇小説「広い庭」(『庭』新潮社、2018年所収)を読み返した。やっぱりいいな~この作品好きだな~と思った。文芸誌に掲載されたときに初めて読んで、その時もなんだかひとりで盛り上がって「これはちょっとすごいんでないか」…

B面に行きたかった!―『LOCKET』06 SKI ISSUE 地図の銀白部

子供の頃、ウォークマンはカセットだった。今から思えば、よくあんなに大きなものを、しかもたいしてたくさん音楽が録音できるわけでもない装置を持ち歩いていたなぁと思うのだけど、あの頃はあの装置だけが私を「音楽」の世界に連れ出してくれたのだった。…

道路の発見―サン=テグジュペリ『人間の土地』

最近、自分のすぐ近くで理不尽な死に遭遇してしまって、随分考え込んでしまった。生きていて、こうしてブログに何を書こうかと悩んでいられるということ、この絶妙なバランスの上に日常が成り立っているという感じ。 ウクライナや中東の戦争に関するニュース…

蝉の声に触る―平沢逸「点滅するものの革命」

「普通」小説は存在しているものを書くか、書くことで何かを存在させようとするものだと思う。見えないもの、聞こえないもの、触れないもの、そういうものの感触を言葉にすることで存在させることができるのが小説だ。しかし、この作品はそもそも存在しない…

眠り舟―古川真人「港たち」

この「にぎやかな一家」に久しぶりに会えた。なんだかとても嬉しかった。彼らは本の登場人物たちなのだから、うちにあるこの著者の本を開けばいつでも会えるのだろうけれど、何故だか新作が出ると彼らの「近況」の便りを受け取ったような気持ちになる。そう…

傷口にあてがう―ハン・ガン『すべての、白いものたちの』

「白いものについて書こうと決めた」と、始まる本書に最初に表れる白いもののリストはひとりの人間が生まれてから死ぬまでの時間に含まれ得るものだと思った。「おくるみ、うぶぎ」から「壽衣(註:埋葬の際に着せる衣裳)」までの時間。けれど読み進めてい…

水の中、雲の上の空という場所で―三品輝起『雑貨の終わり』

私の机の上は雑貨でいっぱいだ。赤い手回し式の鉛筆削り、小さなサファイアのついた片方しかないピアス、オロナイン軟膏、腕時計、メモ用紙、木彫りの熊やひょうたんおやじ(シゲチャンランドにて)のミニチュア、単三電池、MOZの赤いぬいぐるみ、いくらか前…

透明な孤独の輪郭線―絲山秋子『海の仙人 雉始雊』

水晶浜ってどんなところ? とAIに訊いたら、福井県美浜町にある海水浴場で、その名前の由来は「白く透き通っていて光に透けているような砂が水晶のように見えることから付いた」のだと応えた。AIがいうことだから嘘か本当かはわからない、と思いかけて、いや…

おれたちの再審はすなわちおまえの審判だ!―大江健三郎『万延元年のフットボール』

死ぬことは、とても大変なことなのだと思う。そのくせ、自分が死ぬ時には魂がぽろっと崖から転げ落ちるようにあっけなく死ぬんじゃないかと思っている。楽をしたい。それはたぶん自分の中にある本当の地獄に向き合うのが恐ろしくて耐え難いからだ。死に至る…

生命観を描ける言葉―水沢なお『うみみたい』

ふえるって美しい、のだろうか? どうして生き物はふえたいのだろう? 太古の昔の海の中からずっとそうだったから? その「ずっと」を根拠に、私たちはふえつづけるんだろうか? 生命観、ということについて考えもした。ふえる(生殖する)ことへの意思、う…

遅れてくる痛み―『ウクライナ戦争日記』

この本を読んでいた数日間、真夜中の中途覚醒や酷い動悸、過呼吸の発作などに襲われていて、「あれ最近忙しかったっけ? 疲れてるのかな……」と、はじめはどうして調子が悪くなったのかわからなかったのだけれど、しだいにこの本の内容に相当打ちのめされてい…

何ぞかくとゞまるや―大江健三郎『懐かしい年への手紙』

大切な本の一節を、くりかえし読み返し続けている時に感じられる「永遠」というものが確かにある、と感じられる。今回紹介する『懐かしい年への手紙』という作品の中に、私はそういう「永遠」を見る思いがした。 ギー兄さんがダンテの『神曲』のある部分を説…

繭のような感想――大江健三郎『燃えあがる緑の木』

とにかく「意味」を求めたり与えたりしたくなる、というのは人間の習性なんだろうか? だれが、だれに、どうして、なんのために? 「意味」を与える(求める)ということについての問いは、その「意味」を巡って堂々巡りすることになる。答えはきっと空っぽ…

時間のゆくえ、星雲に浮かぶ小鳥の羽根の永遠―小川洋子『約束された移動』

――死者はとても耳がいいから、小さな声で充分なのだ。 という言葉を「巨人の接待」という作品の中に見つけて、なんだか安心した。というのも、私事で大変恐縮だが、先日同居のモルモットのこもるさんが亡くなったのだった。10月25日の深夜0時26分。飼い主の…

網の目の自立―森田真生『僕たちはどう生きるか 言葉と思考のエコロジカルな転回』

私は子供の頃、一生大人になれないと思っていた、ような気がする。その当時実際にどう思っていたのかなんて今となってはある程度想像するしかないことなのだけれど、ひとつ確かに言えるのは、子供の私にとって世界が「圧倒的なもの」に見えていたことだ。目…

孤独とおなかの中の獣―ハン・ガン『菜食主義者』

自分の心臓の音がきこえるほどの孤独、という言葉を思い浮かべた。長い間ひとりぼっちで静かな場所にいて沈黙を守っていると、自分の鼓動ばかりが耳につくようになってくる。耳を澄ませば、次第に大きくなっていく鼓動は、自分の生命活動による現象であると…

座ったまま―『LOCKET』5号

机の上に、とん、と尻をつき前脚を揃えて座る木彫りの熊がいる。子熊だ。そう思うのは、座り方のせいだと思う。ふつう熊はこんな座り方をしないんじゃないか。この座り方はまるで子犬だ。それで私のなかでは、この木彫り熊は子熊ということになっている。銘…

逃げると生きるは背中合わせ―絲山秋子『逃亡くそたわけ』

亜麻布二十エレは上衣一着に値する。 意味はわからない。だけどこれが本の文字の中に見えると、なんだか不安になってくるのだ。 亜麻布二十エレは上衣一着に値する。そしてこれは、この本の中に何回も出てくる。語り手である花ちゃんこと「あたし」にきこえ…