言葉でできた夢をみた。

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。

読書日記

空、だからこそー八木詠美「空芯手帳」

空の描写がところどころに印象的で、それは時間や季節のうつろいを描き、その空を読みながら私は一人の読者として「空人くん」を育んでしまったような(育む、は言い過ぎかもしれない、せいぜい成長を見守る?)不思議な読書体験をした。バレたらどうするのさ…

これが私の「本屋」活動――内沼晋太郎『これからの本屋読本』

いろいろな本の買い方があると思う。 その中で、私が最も贅沢だと思う本の買い方はなんとなく書店へ行って、なんとなく手に取った本になんだか魅かれて、そのままレジへ持っていくという買い方だ。時々、こういう本の買い方をしたくなってしまう。衝動買いで…

沈黙

新型コロナウィルスに隠喩を与えるならば「沈黙」こそがふさわしい。 と、そんなことを考えていた二月の終わりころから三月の中ごろ。 はじめは隣の国の一都市で起きていた出来事、まさに対岸の火事。それが気づけば自分のすぐそばまで迫っていて、いや、そ…

こーりゃ、どうしてってぐらい生い茂っとるたい―古川真人『背高泡立草』

あのひとたちがあんまりよく喋るもんだから……と、草茫々の納屋の前に立って溜息のひとつでもついてみることを想像する。それで、この溜息の意味はなんだろう?うんざりなのか、次々と移り変わる話題の広さや語られる過去の深さへの期待なのか、それとも埋も…

〈時〉を取り戻す力―栗林佐知『仙童たち 天狗さらいとその予後について』

「天狗とは、いったい何なのか」 このたったひとつの問いに真摯に向かいつづけた薄木市立郷土資料館学芸員(一年契約)のクジラガワ・カンナさん。この人の研究をなんてすばらしいんだと思った。研究題目は「多摩西南地域の天狗道祖神――庶民信仰をめぐる一考…

重要な曖昧さ――滝口悠生『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』

あとがきまで読み終えたあとで本の表紙に戻り、そこに描かれた人物の膝の上で握りしめられた手をみる。みてしまう、どうしても気になってしまう。その意味が、この本を実際に手にとって最後まで読んだひとにはきっとわかると思う。 今回は、滝口悠生『やがて…

――引用、乗代雄介「最高の任務」

過去の回想のようであって、単なる過去の回想を超えた、そこに「書く」という営みへの信頼と力強い肯定を感じた作品――乗代雄介「最高の任務」の感想を書きたいと思う。日記という体裁をとった作品で、実は私も小六の頃から日記を書きつづけているせいか、そ…

言葉をなめて齧る夜―オルガ・トカルチュク『昼の家、夜の家』

装幀がかわいいな、と思った。ページをめくると、このカバー絵は、アリツィア・S・ウルバニャック(Alicja S.Urbaniak)の「秋」(Autumn)という作品であることがわかった。今回は2018年ノーベル文学賞を受賞したオルガ・トカルチュクの『昼の家、夜の家』…

大地と時と人と―パール・バック『大地』

パール・バックという人の作品をはじめて手に取った。 岩波文庫で全4冊ある長篇小説『大地』である。 パール・バック著、小野寺健 訳『大地』(全四巻、岩波文庫、1997年) 大地 (1) (岩波文庫) 作者:パール・バック 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 1997…

転回―大前粟生『回転草』

大前粟生『回転草』を読んだ。 既存の思考の枠組みをいい意味で取り払ってくれる、かなりはちゃめちゃな一冊である。まず設定がはちゃめちゃであり、何故そうであるのか一切説明されないままに、たとえば語り手が西部劇の乾いた風に転がる草だったり、ミカが…

野生の馬、その美しい不在―パスカル・キニャール『落馬する人々〈最後の王国7〉』

水声社から刊行されている「パスカル・キニャール・コレクション」の中でも、私は特に〈最後の王国〉シリーズを楽しみにしていて、全巻購入しようと思っている。部屋の片隅で夢中になって読んでいるうちに、時間は過ぎ、日は暮れて、思えばその日一日はだれ…

振り捨てていくもの―ル・クレジオ『心は燃える』

今回は、ル・クレジオ『心は燃える』の感想を書いていきたいと思う。 ル・クレジオ 著、中地義和・鈴木雅生 訳『心は燃える』(作品社、2017年) 心は燃える 作者: ル・クレジオ,中地義和,鈴木雅生 出版社/メーカー: 作品社 発売日: 2017/08/25 メディア: 単…

声の波間を―古川真人「ラッコの家」

今と昔が重なり合う瞬間というのがあるとすれば、それは生きていることの、生きてきたことの、生きていくことの肯定であると思う。 タツコは「声」によって描き出された空間の中にぽっかりと浮かび、踏み外して落ちた海にぽっかりと浮かぶ子供時代の自分を見…

キノコ本、再び生える―『FUNGI 菌類小説選集 第Ⅱコロニー』

まさかすでに生えていたなんて……。 私の脳裡に深く根を下ろしている記憶、それはかつて彼女が「そこらへんの本屋に普通に生えていたの」と言いながら一冊の本を持ち帰った日の思い出。 ※過去記事参照↓ mihiromer.hatenablog.com 時はうつろい、その彼女も今…

死に対して!―ペイショット『ガルヴェイアスの犬』

はじめて、ポルトガルの小説を読んだ。これまでスペイン語圏の小説はずいぶんと楽しんできたけれど、どうしてなのか、ポルトガル語圏の小説にはなかなか縁がなかったのだ。実際読んでみると、やはり雰囲気が違うなぁというのが素朴な印象で、例えばリスボン…

噴出する〈往古〉―パスカル・キニャール『いにしえの光〈最後の王国2〉』

前回の記事に引き続き、パスカル・キニャール・コレクションより〈最後の王国〉シリーズについて。今回はシリーズ2冊である『いにしえの光』の感想を書いていこうと思う。 ちなみに〈最後の王国〉シリーズとは、 最後の王国とは:哲学的思索、文学、歴史、人…

影のための場所―パスカル・キニャール『さまよえる影たち 〈最後の王国1〉』

今回ご紹介する本はこちら。 『パスカル・キニャール・コレクション さまよえる影たち 〈最後の王国1〉』 (水声社、2017年) さまよえる影たち―最後の王国〈1〉 (パスカル・キニャール・コレクション) 作者: パスカルキニャール,Pascal Quignard,小川美登里…

重層的時間旅行―カルペンティエル『失われた足跡』

久しぶりにラテンアメリカ文学の作品を読んだ。 カルペンティエルの『失われた足跡』である。今回はこの本についての感想を書いていきたいと思う。 アレホ・カルペンティエルは1904年キューバの首都ハバナに生まれた作家で、グァテマラのノーベル賞作家であ…

動物塚が抱くもの―依田賢太郎『いきものをとむらう歴史 供養・慰霊の動物塚を巡る』

――シロネズミのあの赤い目の色を抱く 東京都文京区本駒込、吉祥寺に癌の研究で世界的に著名な吉田富三博士の墓がある。その右横にある小さな石碑の碑文に上に引用した言葉がある。 今回紹介する『いきものをとむらう歴史 供養・慰霊の動物塚を巡る』という本…

詩的現実を思い出す言葉―マルセル・プルースト『失われた時を求めて』第五篇「囚われの女」

今回は『失われた時を求めて』第五篇「囚われの女」の感想を書いていきます。 マルセル・プルースト 著、鈴木道彦 訳 『失われた時を求めて9 第五篇 囚われの女Ⅰ(ソドムとゴモラⅢ第一部』、 『失われた時を求めて10 第五篇 囚われの女Ⅱ(ソドムとゴモラⅢ第…

時に滲む散歩道の行き先―プルースト『失われた時を求めて』第六篇「逃げ去る女」

「だって、二重の意味でたそがれの散歩だったのですもの。」(92頁) 語り手とパリで同棲生活をしていたアルベルチーヌがある日、なんの前触れもなく出て行ってしまってから届いた手紙にこんな言葉があった。 二重のたそがれというのは、ふたりの関係が終わ…

〈旅〉の終わりに、やっと始まる―プルースト『失われた時を求めて』第七篇「見出された時」

時を失いながら、旅するように本を読む。目的地らしきものはたぶん一生見つからないのだから、これは旅というよりむしろ彷徨とか、かっこつけなくて良いなら迷子とか言った方が的確かもしれない。平成最後の夏、などと言われているこの時の中で、私はひとり…

車窓を流れていく日々―プルースト『失われた時を求めて』第四篇「ソドムとゴモラ」

あっち、こっちで、みんなが手を振ってくれるのを眺めていた、過ぎていく色とりどりのものたちを目尻からすっと流してしまうように見送る別れはいつも未練がましく名残も惜しい。 列車の車窓から自分を見送ってくれる人々を眺めている風景。 鉄道を使った移…

ふたつの方向に引き裂かれながら―プルースト『失われた時を求めて』第三篇「ゲルマントの方」

日記によると、私がこの大著『失われた時を求めて』を読み始めたのは4月24日、振り向けば早くも二カ月の時が流れていたらしい。驚いた。はっとした。 そう、まさにこれ、この感じこそが『失われた時を求めて』の感触なのだと思う。 読みながら、読んでいる時…

朝、それから夏の光―プルースト『失われた時を求めて』第二篇「花咲く乙女たちのかげに」

ブログの記事を書くのにふりかえってみると一見停止したかのような語りの時間ではあるが、その思い出の中ではとてもたくさんのことが起っていたらしい、そのことに気がついて改めて驚いた。しかしそれらを書きつけていったところで結局のところ、その本を読…

時を失いながら――マルセル・プルースト『失われた時を求めて』

「プルーストを読む」ということについて、考えずにはいられない。 この大長篇小説を読んだ記憶は細断されて断片になった形で、いつか自分の人生の別の瞬間に、たとえば紅茶を飲んでいる時や(私は甘いものを好んで食べないからわからないが)マドレーヌを食…

琵琶の花、咲かせる。語りの鎮魂―古川日出男訳『平家物語』

今更、なんて言わないでもらいたい。 2018年の私の読書は『平家物語』で幕を開けた。2016年の十二月に、新しい現代語訳が出ていたのである。 古川日出男 現代語訳『平家物語』池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09 / 河出書房新社、2016年 平家物語 (池澤夏樹=…

紙ヒコーキは投げ放たれた―チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』

最近、私のまわりでふつふつと、韓国文学が話題になり始めている。好きな小説家のひとりである小山田浩子さんの『穴』が昨年9月に韓成禮(ハン・ソンレ)さんの翻訳によって韓国で出版されたり、注目していた「小さな文芸誌」である『吟醸掌篇』vol.2の読書…

今、この手触りからふいに―ポール・オースター『内面からの報告書』

今回紹介する一冊、ポール・オースター『内面からの報告書』は『冬の日誌』に引き続き、私にとって二冊目のポール・オースター作品となった。 妙なこともあるもので、年齢も国も違うポール・オースターという大作家と自分が似たような記憶を共有していること…

世界との接触、たとえば朝起きてちいさないきものを撫でるとか―ポール・オースター『冬の日誌』

生きるということがどんなことであるのか、ひと言で表現するのは難しいけれど、毎日なにがしかの文章を書きながら考えていること、それは生きるということが世界との絶えざる接触であるということだ。私は午前四時前に起きる、その時まずある感覚は全身のこ…