言葉でできた夢をみた。

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。(書きながら、勉強中。)

B面に行きたかった!―『LOCKET』06 SKI ISSUE 地図の銀白部

子供の頃、ウォークマンはカセットだった。今から思えば、よくあんなに大きなものを、しかもたいしてたくさん音楽が録音できるわけでもない装置を持ち歩いていたなぁと思うのだけど、あの頃はあの装置だけが私を「音楽」の世界に連れ出してくれたのだった。再生ボタンを押してガチャリ、そしてA面からB面へ切り替わる時もガチャリ。

 

旅をしない人間である私が旅雑誌を読んでいる、しかもその旅雑誌にエッセイを寄稿してしまったという面白いことが今年あった。

雑誌の名前は『LOCKET』。編集者/内田洋介ひとり、デザイナー/大谷友之祐(Yunosuke)ひとりという最小単位の体制で、ロケットペンダントに記憶をとじこめるように、主観的な真実のようなものを綴じることを目指すインディペンデントマガジンだ。今年出版されたのはなんと6号! 2015年創刊以来、累計発行部数は1万部、取扱店舗は全国150店舗に拡大中とのこと(オンラインでも注文できます)。

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さて今回の6号はスキー特集。「SKI ISSUE 地図の銀白部」と題して広く、そしてとてもディープな見たことのない世界を見せてくれる1冊だった。

どうやら私が北海道に住んでいるのでスキーができるだろうと思われてのエッセイ依頼だったらしい。依頼をいただいた時「え、私、スキーできないし、一回しか挑戦したことがないんですが……!」と愕然。すいませんが……と恐縮しつつ「北海道は広くて、場所によって随分と気候に違いがあるので〈スキー文化圏〉と〈スケート文化圏〉の地域があります。残念ながら、私はスケート文化圏に住んでいるので、スキーをした経験は一度しかありません。こんな執筆者でよろしければ……」

そんなわけで、私が書いたエッセイ「鳥になりたかった!」は、スキーができなかったひとのスキーエッセイになってしまった。私は「B面」には行けなかった!でも写真と合わせて見開きのページにかっこよく配置していただけて、これは本当に私にとって大事なロケットペンダント的経験になった。

 

自分のことはさておき、一読者として最初から最後まで読んだ感想を書いていきたい。

正直に言って、スキーを巡ってここまで考えたことはなかった。内田さんは巻頭にこう書いている。

 

「地図から空白部が消え、秘境がなくなったとはいえ、視点を銀白部に切り替えるだけで新たな旅先がいくつも浮かび上がった」(1頁)

 

 

 

そう、スキーってすごいのだ。ある特定の場所においては人類にとって最強の移動手段でもあったわけで、人類で最初にスキーを始めたひとが仲間たちに広げてみせた世界の風景というのは想像するだけでわくわくする。北欧神話に描かれたスキーヤーの存在や、古くて紀元前3000年のものといわれているスキーヤーの岩絵(ノルウェー)、韓国の古いスキー板「ソルメ(Sseolmae、漢字にすると雪馬)」も紹介されている。さらには手のひらサイズのスキーヤーの木彫りがあったり、民謡になっていたり……。スキーと人間の関わりかたの幅にも驚いた。そもそも、イランやトルコでスキーができるの?! という驚きが私にはまずあったのだけど、とにかく最初から最後まで、驚きっぱなし。「うわあああああああ」「うわおおおおおおお」とスキーで斜面を滑り降りるというか落ちるというか、なにかそういう絶叫をあげてみたくなる。

道具(今号はスキー)が体験を生むということ。そのことは「モーグルスキーチェア」のページでデザイナーのマイク・エーブルソン氏がお話しされていてとても興味深かった。

 

「たとえば茶葉なら、それ単体だとモノですが、使うことによってお茶会という体験が生まれますよね」(63頁)

 

 

 

普段、車で移動しているところを歩いてみたら、なんだか全然風景が違って見えて不思議な気持ちになることがある。自転車を使ってもそう、私の場合は危険度が増すだけなんだけど……(うわああああああああ=地元の道の凸凹具合と坂の多さを知った日)。

内田さんにとっては、スキーという体験で知っている場所がA面からB面へ切り替わる、そこに旅することの面白さを見ているのだろうなぁと思う。

私は写真の良し悪しを語る言葉を持たないから詳しくは書けないけれど、掲載されているどの写真も魅力的で、人の表情はきっとこの瞬間限り、その背景にあるかもしれない空の青さと雪原の白さのコントラスト、足跡やシュプールの形はシャッターを切ったその時一回限りの風景なんだろう。スキーウェアの点々と散らばるリズミカルな色調に心が躍る。

 

道具によって加わる新しい体験が、そのまま未知の、新しい世界の風景を切り開いていく、そういう感触が素敵な旅雑誌だった。そういえば、私は旅をしないひとだけれど本を読むことで(今回は『LOCKET』6号を広げて)知らない世界を旅した気分になったりするのだ。

 

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