Danse Macabre!

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。

外国文学

野生の馬、その美しい不在―パスカル・キニャール『落馬する人々〈最後の王国7〉』

水声社から刊行されている「パスカル・キニャール・コレクション」の中でも、私は特に〈最後の王国〉シリーズを楽しみにしていて、全巻購入しようと思っている。部屋の片隅で夢中になって読んでいるうちに、時間は過ぎ、日は暮れて、思えばその日一日はだれ…

振り捨てていくもの―ル・クレジオ『心は燃える』

今回は、ル・クレジオ『心は燃える』の感想を書いていきたいと思う。 ル・クレジオ 著、中地義和・鈴木雅生 訳『心は燃える』(作品社、2017年) 心は燃える 作者: ル・クレジオ,中地義和,鈴木雅生 出版社/メーカー: 作品社 発売日: 2017/08/25 メディア: 単…

キノコ本、再び生える―『FUNGI 菌類小説選集 第Ⅱコロニー』

まさかすでに生えていたなんて……。 私の脳裡に深く根を下ろしている記憶、それはかつて彼女が「そこらへんの本屋に普通に生えていたの」と言いながら一冊の本を持ち帰った日の思い出。 ※過去記事参照↓ mihiromer.hatenablog.com 時はうつろい、その彼女も今…

死に対して!―ペイショット『ガルヴェイアスの犬』

はじめて、ポルトガルの小説を読んだ。これまでスペイン語圏の小説はずいぶんと楽しんできたけれど、どうしてなのか、ポルトガル語圏の小説にはなかなか縁がなかったのだ。実際読んでみると、やはり雰囲気が違うなぁというのが素朴な印象で、例えばリスボン…

噴出する〈往古〉―パスカル・キニャール『いにしえの光〈最後の王国2〉』

前回の記事に引き続き、パスカル・キニャール・コレクションより〈最後の王国〉シリーズについて。今回はシリーズ2冊である『いにしえの光』の感想を書いていこうと思う。 ちなみに〈最後の王国〉シリーズとは、 最後の王国とは:哲学的思索、文学、歴史、人…

影のための場所―パスカル・キニャール『さまよえる影たち 〈最後の王国1〉』

今回ご紹介する本はこちら。 『パスカル・キニャール・コレクション さまよえる影たち 〈最後の王国1〉』 (水声社、2017年) さまよえる影たち―最後の王国〈1〉 (パスカル・キニャール・コレクション) 作者: パスカルキニャール,Pascal Quignard,小川美登里…

重層的時間旅行―カルペンティエル『失われた足跡』

久しぶりにラテンアメリカ文学の作品を読んだ。 カルペンティエルの『失われた足跡』である。今回はこの本についての感想を書いていきたいと思う。 アレホ・カルペンティエルは1904年キューバの首都ハバナに生まれた作家で、グァテマラのノーベル賞作家であ…

詩的現実を思い出す言葉―マルセル・プルースト『失われた時を求めて』第五篇「囚われの女」

今回は『失われた時を求めて』第五篇「囚われの女」の感想を書いていきます。 マルセル・プルースト 著、鈴木道彦 訳 『失われた時を求めて9 第五篇 囚われの女Ⅰ(ソドムとゴモラⅢ第一部』、 『失われた時を求めて10 第五篇 囚われの女Ⅱ(ソドムとゴモラⅢ第…

時に滲む散歩道の行き先―プルースト『失われた時を求めて』第六篇「逃げ去る女」

「だって、二重の意味でたそがれの散歩だったのですもの。」(92頁) 語り手とパリで同棲生活をしていたアルベルチーヌがある日、なんの前触れもなく出て行ってしまってから届いた手紙にこんな言葉があった。 二重のたそがれというのは、ふたりの関係が終わ…

〈旅〉の終わりに、やっと始まる―プルースト『失われた時を求めて』第七篇「見出された時」

時を失いながら、旅するように本を読む。目的地らしきものはたぶん一生見つからないのだから、これは旅というよりむしろ彷徨とか、かっこつけなくて良いなら迷子とか言った方が的確かもしれない。平成最後の夏、などと言われているこの時の中で、私はひとり…

車窓を流れていく日々―プルースト『失われた時を求めて』第四篇「ソドムとゴモラ」

あっち、こっちで、みんなが手を振ってくれるのを眺めていた、過ぎていく色とりどりのものたちを目尻からすっと流してしまうように見送る別れはいつも未練がましく名残も惜しい。 列車の車窓から自分を見送ってくれる人々を眺めている風景。 鉄道を使った移…

ふたつの方向に引き裂かれながら―プルースト『失われた時を求めて』第三篇「ゲルマントの方」

日記によると、私がこの大著『失われた時を求めて』を読み始めたのは4月24日、振り向けば早くも二カ月の時が流れていたらしい。驚いた。はっとした。 そう、まさにこれ、この感じこそが『失われた時を求めて』の感触なのだと思う。 読みながら、読んでいる時…

朝、それから夏の光―プルースト『失われた時を求めて』第二篇「花咲く乙女たちのかげに」

ブログの記事を書くのにふりかえってみると一見停止したかのような語りの時間ではあるが、その思い出の中ではとてもたくさんのことが起っていたらしい、そのことに気がついて改めて驚いた。しかしそれらを書きつけていったところで結局のところ、その本を読…

時を失いながら――マルセル・プルースト『失われた時を求めて』

「プルーストを読む」ということについて、考えずにはいられない。 この大長篇小説を読んだ記憶は細断されて断片になった形で、いつか自分の人生の別の瞬間に、たとえば紅茶を飲んでいる時や(私は甘いものを好んで食べないからわからないが)マドレーヌを食…

紙ヒコーキは投げ放たれた―チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』

最近、私のまわりでふつふつと、韓国文学が話題になり始めている。好きな小説家のひとりである小山田浩子さんの『穴』が昨年9月に韓成禮(ハン・ソンレ)さんの翻訳によって韓国で出版されたり、注目していた「小さな文芸誌」である『吟醸掌篇』vol.2の読書…

今、この手触りからふいに―ポール・オースター『内面からの報告書』

今回紹介する一冊、ポール・オースター『内面からの報告書』は『冬の日誌』に引き続き、私にとって二冊目のポール・オースター作品となった。 妙なこともあるもので、年齢も国も違うポール・オースターという大作家と自分が似たような記憶を共有していること…

世界との接触、たとえば朝起きてちいさないきものを撫でるとか―ポール・オースター『冬の日誌』

生きるということがどんなことであるのか、ひと言で表現するのは難しいけれど、毎日なにがしかの文章を書きながら考えていること、それは生きるということが世界との絶えざる接触であるということだ。私は午前四時前に起きる、その時まずある感覚は全身のこ…

天空と海洋のはざまで夢をみる―ル・クレジオ『黄金探索者』

この小説は天空と海洋の、途方もなく広い世界へとひらかれた物語である。 ル・クレジオ 著、中地義和 訳『黄金探索者』(新潮社、1993年) のち『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集Ⅱ-09』(河出書房新社、2009年)所収。 ※当ブログ内の引用ページ番号は『池…

ポラリスまで―ル・クレジオ『氷山へ』

雑然とした日常生活の中で、ふいに、すてきな詩に巡り会った時のよろこびって確かにあると思いませんか? 詩に限らないけれど、なんか、こうすてきな表現。その時、雑然としていたはずの日常から一瞬だけ抜け出したような気持ちになってどこかほっとしている…

空想と驚きに満ちた残響が聞こえる―カルヴィーノ『まっぷたつの子爵』

もしも、絶対に割り切れないものが「まっぷたつ」に割れてしまったら……? それによって起こる様々な葛藤、滑稽な出来事の数々を上質な語りで聞かせてくれる物語、それがカルヴィーノの『まっぷたつの子爵』だ。 カルヴィーノ作、河島英昭 訳『まっぷたつの子…

島々を書く、やがてそれは大陸になる―ル・クレジオ『ラガ 見えない大陸への接近』

日本は島国である。 と、敢えて当たり前のことを書いて再確認したくなるほどに、私には島暮らしの実感がない。自分の属する国が他国から見れば「島」であるにも関わらず、なんとなくもっと「地盤」のしっかりした場所にどかっと暮らしているような気持ちでい…

言葉と沈黙―ル・クレジオ『悪魔祓い』

どうしてそんなことがあり得たのかよくわからないのだが、とにかくそういう具合なのだ。つまりわたしはインディオなのである。メキシコやパナマでインディオたちに出会うまで、わたしがインディオであるとは知らなかった。今では、わたしはそれを知っている…

『MONKEY』という文芸誌のこと―将来を明るく見据える支援?

「月刊」ということにこだわらなければ、面白そうな文芸誌っていっぱいある。 今回ご紹介するのは『MONKEY』という文芸誌。 柴田元幸責任編集 MONKEY 「翻訳家の柴田元幸が責任編集を務めるMONKEYは、今私たちが住む世界の魅力を伝えるための文芸誌です。い…

その視線から「永久に」逸れてしまうもの―ル・クレジオ『ロンド その他の三面記事』

今回はル・クレジオの短編小説集『ロンド その他の三面記事』を紹介したいと思う。 ロンドその他の三面記事 作者: J.M.G.ル・クレジオ,佐藤領時,豊崎光一 出版社/メーカー: 白水社 発売日: 1991/11 メディア: 単行本 クリック: 1回 この商品を含むブログ (2…

今度は、あなたがゲームをする番だ―ル・クレジオ『愛する大地』

図書館で借りた古い文学全集にたまたまとりあげられていたために、巡りあう種類の小説がある。もしかしたら「あなた」にとって今回紹介するこの小説がそういうものになるかもしれないし、ならないかもしれない。「わたし」にとって、そうならなかったのは図…

視線の中の夢が始まる―ル・クレジオ『メキシコの夢』

今回紹介するのは、ル・クレジオ『メキシコの夢』という本。この本は著者のインディオ諸文化研究の成果を〈夢〉というキーワードのもとにまとめあげたもので、原著は1988年8月に刊行された。ル・クレジオには1967年に義務兵役代替としてメキシコ市のラテン・…

肖像を描くために―ル・クレジオ『アフリカのひと――父の肖像』

今回紹介する本はル・クレジオ 著、菅野昭正 訳『アフリカのひと――父の肖像』(集英社、2006年) アフリカのひと―父の肖像 作者: J.M.G.ル・クレジオ,Jean Marie Gustave Le Cl´ezio,菅野昭正 出版社/メーカー: 集英社 発売日: 2006/03 メディア: 単行本 ク…

その名に星を秘めて、太陽にやかれて―ル・クレジオ『さまよえる星』

前回ブログ記事で紹介した『オニチャ』と合わせて作者の幼少時の思い出から生まれた〈二部作〉とされる『さまよえる星』という本について、今回は書いていこうと思う。フランスで刊行されたのは1992年4月だが、作者が≪ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール≫誌(…

歴史をのみ込む日常という沈黙―ル・クレジオ『オニチャ』

夏がくれば、というか夏至が近づけば……ということなのだろうか? どういうわけか毎年この時期になるとル・クレジオという作家の光にあふれた小説作品が読みたくなる。それで今年もル・クレジオの著作を手に取った。今回の記事で紹介するのはこの本。 ル・ク…

<心>たちの弁明―エイモス・チュツオーラ『薬草まじない』

今回紹介するエイモス・チュツオーラ『薬草まじない』は自分にとって二冊目のアフリカ文学の本になった。 エイモス・チュツオーラ 作、土屋哲 訳『薬草まじない』(岩波文庫、2015年) 薬草まじない (岩波文庫) 作者: エイモス・チュツオーラ,土屋哲 出版社/…