Danse Macabre!

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。

振り捨てていくもの―ル・クレジオ『心は燃える』

今回は、ル・クレジオ『心は燃える』の感想を書いていきたいと思う。

 

ル・クレジオ 著、中地義和・鈴木雅生 訳『心は燃える』(作品社、2017年) 

心は燃える

心は燃える

 

 

 この本は2000年に刊行されたル・クレジオの中短篇集『心は燃える』の全訳である。冒頭の二篇を中地義和が、残る五篇を鈴木雅生が翻訳している。

収録作品は掲載順に、「心は燃える」「冒険を探す」「孤独という名のホテル」「三つの冒険」「カリマ」「南の風」「宝物殿」の七篇だ。私が特に気に入ったのは、「冒険を探す」と「宝物殿」の二作で、今回はこの二篇を中心に感想を書く。

ル・クレジオの小説はどこか郷愁を誘う美しさがあふれていたけれど、この本の作品はどれもそういった郷愁を乗り越えて(あるいは振り捨てて)いくものになっている。それゆえに読みながら引き千切られるような悲しみや痛みを感じた。訳者あとがきによると、「ノスタルジーの称揚から脱ノスタルジーの称揚という変化は、じつは『黄金探索者』と『隔離の島』の間に認められる人物造形の変化でもある。」(前掲書、194頁-195頁)そうで、実験的初期作品から異文化や子供・女性といった社会的弱者にまなざしを向けるようになった著者ル・クレジオの作風の変化を辿る上で本書は見落とせないものとなっている。また本書にも異文化交差(単純な二項対立ではない)、社会的弱者へのまなざしが色濃く反映されているが、そういうひとびとを「強者」との対立から描くのではなくて、あくまで彼・彼女らの生活そのものと、そこから生じる内面の葛藤に主眼が置かれている。ル・クレジオの「他者への同化」に対する強烈な意思を感じた(その意思が最も強烈なのは『悪魔祓い』だと私は思っている。何せ「わたしはインディオなのである。」とさえ書いているのだから)。

 

ここから先は「冒険を探す」と「宝物殿」という二篇に絞っていくが、どちらの作品も何か集団の共有するイメージみたいなもの(世界観?神話?)がまずあって、それを個人が一旦は取り込んで内面化していくのだけれど、最後にはそこから飛び出していくという過程が描かれているように思う。帰属する集団の世界観はいつしか自分の世界観になっていくけれど、いつかそれを振り捨てる日もやってくる、それを「大人になること」として表現しているのが以下の二作ではないだろうか。

 

■「冒険を探す」

 

 

夜の闇が降りてくる。そして夜とともに、流浪の民の思い出が、砂漠の民、海の民の思い出が訪れる。若者が人生に乗り出す時期に彼らの頭から離れないのは、また彼らの精髄をなすものは、この思い出だ。

(前掲書、78頁より引用)

 

とても短い詩的散文で、これから大人になろうとしている十五歳の少女が夜の町を歩きながら自分の人生に踏み出していこうとするさまが描かれている(ただし抽象度が高く、特定の個人としての少女というよりは何かの象徴に見える)。

作品冒頭でベルダルディーノ・デ・サアグン『ヌエバエスパーニャ概史』からの抜粋がある。イシュネシュティワと呼ばれていた祭り、それは「冒険を探す」という意味。踊る者たちはいろいろなものに扮するのだが、その扮装を変身と捉え、何の脈絡もなくあるものから別のものになっていくという自由奔放さがこの作品の表現そのもののような気がしてくる。十五歳の少女の中には流浪の民の思い出、砂漠の民、海の民の思い出がある。それらは夜とともに訪れ、夜の中をただ歩いて行く少女の眼の前に様々な風景となってあらわれてくるよう。少女はそんな思い出を知らないし、記憶というものも知らない。けれどその思い出は少女の中にあって、少女のまなざしから抜け出したものでもあり、つまりは思い出であると同時に少女によって創造されたものとも書かれる。それらに出会うため、十五歳の少女は自分の寝室を離れて人生に踏み出して行かねばならない。アイデンティティを見つけ、掴み出すために。目の前にあるものは過去の反映であるとともに、少女を新たな世界へと導くものでもある。それが流浪の民の思い出、砂漠の民、海の民の思い出である。個人は個でありながら集団的な記憶にも支えられて、さらに内面化した集団的記憶を自らの外側に放出していくような存在ではないだろうか、などとこの作品を読みながら考えていた。歴史というと重苦しいけれど、それは単に個人を縛るものではなく、個人が生きていく土台みたいなものを提供しつつも少しずつ変わっていく(変更が許容されているような)集団的イメージであるような。

 

 

■宝物殿

 

 

宝物殿、それはひとつの夢、夜の鼓動から生みだされ、忘却の淵で震えつづける未完の夢。

(前掲書、153頁より引用)

 

この作品は、フランス語圏、アラビア語圏あわせて12人の作家が世界遺産であるペトラの遺跡をめぐって書いたテクストを集めた『ぺトラ―岩々の物語』(アクト・シュド社刊、1993年)に初掲載された。ペトラ遺跡が舞台となっていて、特に題名にもなっているように宝物殿が「過去」を描くための装置になっていると言えそうだ。

 

あれはまだ、馬が年老いて役に立たなくなっても喉笛を掻き切られたりはしなかった時代のことだ。馬たちは、自由を謳歌しながら死をむかえるようにと山へ放たれた。

(前掲書、142頁より引用、この作品の冒頭)

 

ベドウィンの少年サマウェインがかつて父に語りきかせられていたはるか昔の話。その時代には精霊が人間とともにペトラの泉のほとりに住み、墓所の秘密を守っていた。と、こんなふうに神話が語られるところからこの作品ははじまる。ペトラがまだ遺跡になる前、たぶん紀元前といういにしえの物語が最も遠い過去としてこの作品の底流をなす。それから月日が流れペトラは忘れられ、ベドウィンたちの旅の中継地としてささやかに利用されていたはずだが、1812年8月にスイス人の探検家ヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトがペトラの存在を初めて西欧に伝え、20世紀には発掘調査そして観光地化されていく。ペトラに住んでいたベドウィンたちも追い立てをくらい、今ではかつて栄えたペトラはその繁栄と喧騒がまるで夢であったかのように静寂に支配されている。

 

サマウェインは父親の遺したダイヤル錠付きの黒い旅行鞄を持っていて、これを開けることができるのも中に何が入っているのかを知っているのも彼だけ。彼は消え去ったものを想い出すため精霊の谷がよく見える岩場まで行って時々鞄をひらく。鞄の中には紐で束ねられた書類や写真、手紙が入っている。そんな宝物の入った鞄をサマウェインは大切にしている。

 

1990年冬、「私」ことジョン・ブルクハルトはペトラ遺跡の隘路を歩く。歩きながら、「時の神秘」に踏み込んでいく。1812年8月にここを歩いたスイスの探検家ヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトに自己を重ね合わせるのだ。語り手がこの探検家を知っているのは本で読んだから。「あの本に書かれていたのは、私自身の物語だった。自分の奥不覚に書き込まれたその物語を、私は歩みを進めるごとに確認してきたのだ。」(151頁)どうしてそう思うのかは書かれていないからわからないが、ジョン・ブルクハルトはペトラを歩くことで自己のアイデンティティを確かめている。そこで出会ったひとりの少女にもらった「熾火のような真紅の小石」を契機にジョンはかつてスイスの探検家が辿り着いたペトラとは別の世界を見出す。

 

サマウェインは「海の向こうのずっと遠い国に住む女性」を案内して、ペトラを歩き回った、その思い出を回顧し語る。雨上がりに精霊に見えた「あなた」に語りかけるような懐古はしかし「あなた」がいなくなってしまったことと、あの錠のついた黒い旅行鞄を人に譲ってしまうことで終わる。それ自体が小さな「宝物殿」のようであった旅行鞄を手放してサマウェインは少年時代に背を向けるのだ。

 

北にあるベドウィン・ヴィレッジへ向かうぼくの足取りは軽かった。死期の迫った馬が山に放たれることはもうない。死ぬまでこき使われ、道端に膝をついて倒れこむときには、屠畜人の手に引き渡されるのだ。

(前掲書、174頁より引用)

 

神話の時代から遠く離れた場所で、ひとり毅然と過酷な現実へ戻って行く少年の姿でこの作品は閉じられる。ひたすら思い出を反芻しているようでいて、実は「過去」をこえて行く瞬間を描いた作品だと思う。「過去」をこえていくには宝物は捨てなければならない(それはもう二度と戻らない父親や母親との決別でもあるか)。ちなみにサマウェインが手放した黒い鞄にはその後、別の人物の宝物でいっぱいになるだろうという予感も書かれる。それゆえに「宝物殿」はいつも未完なのかもしれない。

 

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