まさかすでに生えていたなんて……。
私の脳裡に深く根を下ろしている記憶、それはかつて彼女が「そこらへんの本屋に普通に生えていたの」と言いながら一冊の本を持ち帰った日の思い出。
※過去記事参照↓
時はうつろい、その彼女も今は亡き人となって、何もかもが朽ちて消えていきそうになるのを、損なわれる記憶を保とうとでもするかのように私はある晩、本屋に生えていた今回紹介するこの本を手に取ったのである。まさかすでに生えていたなんて。
オリン・グレイ&シルヴィア・モレーノ=ガルシア編、野村芳夫 訳
『FUNGI 菌類小説選集 第Ⅱコロニー』(Pヴァイン、2018年)
FUNGI――菌類小説選集 第IIコロニー (ele-king books)
- 作者: オリングレイ,シルヴィアモレーノ=ガルシア,野村芳夫
- 出版社/メーカー: Pヴァイン
- 発売日: 2018/03/28
- メディア: 単行本
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一冊目の第Ⅰコロニーが発売された時にはすでに第Ⅱコロニーは予告されていたが、上方を追うのを怠っていたためすっかり忘れてしまっていたのだ。今回はこの本の感想を書いていこうと思う。間違いなくマニア向けの本だ。
縦横無尽に増殖するキノコ、幻覚を誘う種々の物語、異色のテーマ・アンソロジー第2弾。
幻妖なる真菌ファンタジーの極み。
(本の表紙より引用)
本書には十二編の掌編小説が収録されている。テーマはすべて菌類。キノコだけでなく、粘菌やカビなども含まれている。菌類VS人類という構造が多く、増殖、侵出、占領(それもいつの間にか、という静かな乗っ取り)の物語、カビやら胞子やらが人間に寄生して何らかの作用を及ぼす物語が1冊におさめられている。
残念に思ったのはこうやってある程度、本書の内容をひとことで表現できてしまうことだろうか。インディーズ感あふれるアンソロジーでありながら、菌類に対するイメージがどことなく既成の印象に引っ張られすぎているように思えた(もっと冒険すればいいのに)。作品それぞれが似通ってしまっているように見え、はじめて第Ⅰコロニーを読み出した時ほどの感動はなかったかもしれない。これが人間の想像力の限界だと言うのだろうか?! 菌糸で結ばれた人類と菌類の今後の想像(または創造)に期待したい。
とは言っても気に入った作品はあったので、ここではその作品を紹介したいと思う。
それは、サイモン・ストランザスという作者が書いた「再びの帰宅」という作品だ。
■サイモン・ストランザス「再びの帰宅」
「かつて父と暮らした家の壁のカビが、少女の心象風景を侵食する」 (本の裏表紙より引用)
主人公の少女アイヴズはかつて暮らしていた家に赴く。その有害なカビに覆われた家の中で思い出される数々の過去(幸福とは言い難い過去)と対峙し、それを乗り越えていくという物語だ。普通に読めばそういう話として腑に落ちるのだけれど、果たして本当にそれだけなんだろうか、と思えてくる描写の不思議。
あの崩れゆく家は、自分となんのちがいがあるのか?
(前掲書、140頁より引用)
読み終えてふと、これって本当にアイヴズはかつての「家」に行ったのだろうか? と思ってしまったのだ。その「家」にはベビーベッドの柵の隙間からアイヴズをねめつけていた父の記憶、虐待、家庭の崩壊という過去が詰まっている。そして「家」はカビに覆われて朽ちている。壁と心、ふたつに生じた亀裂の描写が両者を重ね合わせていく。つまり「家」がそのままアイヴズという少女の壊れていった「心」と重なってゆくように私には読めた。彼女の心の亀裂と壁の亀裂、そしてそこにある黒カビは単にカビであると同時に、彼女の心に生々しく結晶化した父の記憶ではないだろうか。そしてクライマックスでアイヴズを抱き呑み込もうとした黒カビの支配が、傷つき追いつめられていく少女の痛みと重なる。その呪縛から解放されると彼女は「家」をあとにし、太陽の光が届く明るい場所へと飛び出していく、もう二度と振り返らないで。かつての「家」を訪れたようにも、そんな物理的「家」よりも自分の内側である「心」に向き合ったようにも読めてしまうのだ。暗い過去をかなぐり捨てて行くアイヴズの結末は、よく光をあててカビを駆逐する行為にもなっていて、何重にも解釈できる作品世界をつくりあげている。
第Ⅰコロニーと同じく、この本にもビニールカバーがかけられていて、まるでキノコハンドブック(秋の山歩き必須アイテム)的な手軽さを感じられる造本だ。そこもまた面白い。今回紹介できなかったが、ダニエル・ミルズ「黒花の微塵」、レアード・バロン「ガンマ」も気に入っている。
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「FUNGI - The Second Colony」オリン・グレイ&シルヴィア・モレーノ=ガルシア(編) 野村芳夫(訳) - リリース情報 - P-VINE, Inc.
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