言葉でできた夢をみた。

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。

沈黙

新型コロナウィルスに隠喩を与えるならば「沈黙」こそがふさわしい。

 

と、そんなことを考えていた二月の終わりころから三月の中ごろ。

はじめは隣の国の一都市で起きていた出来事、まさに対岸の火事。それが気づけば自分のすぐそばまで迫っていて、いや、そもそも迫ってくる感覚すらなくて、精神的に堪えていることを実感した時にはすでにコロナ渦中にいた。わたくしごとをあれやこれやと書いても仕方がない、とそんなふうにも思うけれど、私は道内の指定感染症病院に勤務しているのだ。勤め始めて七年半ほどになる。毎日毎日、道内で発生した陽性患者の人数や動向を注視して暮らしていた。防護服の着方や、保健所を介した検査体制、診療・入院手順などを記したマニュアルが出た時にはぞっとした。私はすでにコロナの中にいたのだ。

 

まだその中にいない時、感染症を取り扱った文学作品で思いつくものについてあれこれ考えていた。思いついたのは、ル・クレジオ『隔離の島』、スーザン・ソンタグ『隠喩としての病』(これは感染症というよりは文学作品や思想において「病」にどのような隠喩が付され書かれてきたという分析が論じられている)、ダニエル・デフォー『ペスト(ペストの記録)』、アルベール・カミュ『ペスト』。

 

それで、マスクや消毒液の残量が不安になってくる毎日を鬱々と暮らしながら(「コロナ鬱」という言葉が出てきた時にどうやら自分だけが鬱々としていたわけではないらしいとわかってほっとした)、せっかくだから未読だったデフォーの『ペスト』とカミュの『ペスト』をこの機会に読もうと思って手に取ったのだ。妙な本の読み方をしてしまったと思う。得体のしれない(だからこそ怖い)感染症の渦中にあって感染症文学を読む。たぶん私の読み方は冷静さを欠いていて、あまり良い読み方ではなかった。不思議なことに本文中に書いてある事柄をいちいち、自分の回りの日常と引きあわせて類似性を見出そうとするのだ。

たとえば、デフォーの『ペスト』はこんなふうに書きだされる。

 

それはたしか一六六四年の九月初旬のことであったと思う。たまたま隣近所の人たちと世間話をしている際に、私はふと、疫病(ペスト)がまたオランダにはやりだしたそうだ、という噂をちらっと耳にしたのだった。」

ダニエル・デフォー著、平井正穂訳『世界文学大系32 デフォー スウィフト』、デフォー「ペスト」冒頭より引用)

 

はじめの頃は「噂」、あるいはニュースの一コマでしかなかった。さりげなく触れられるにすぎない出来事だった。「さりげない」と言えば、カミュの『ペスト』において、ペスト禍のはじまりを告げる一文も挙げられる。

 

四月十六日の朝、医師ベルナール・リウーは、診察室から出かけようとして、階段口のまんなかで一匹の死んだ鼠につまずいた。

アルベール・カミュ著、宮崎嶺雄訳『ペスト』(新潮文庫、昭和44年)9-10頁より引用)

 

これから起こる災禍の前触れを「つまずく」と表現するさりげなさに震えるものがある。

 

この二つの作品の概略をメモ程度に書いておくと、まずデフォー『ペスト』は1665年のロンドンを襲ったペストの流行をH.Fと名乗る語り手「私」の冷静な観察眼と記録、その考察から成る「小説」である(作者デフォーは1665年時点で五歳ほどだったとのこと)。死亡者数など具体的な数字がしばしば書かれており、本物の歴史記録ではないかと思えるほどの語り。ペストが徐々に広まっていく様子とそれに対する行政の対応、人々のふるまいなど、個人のドラマというよりはペスト禍を俯瞰したような形で描いた作品だと思った。公共の福祉(公衆衛生)と個人の自由・権利のバランスはどうあるべきか、考えさせられるものがあった。

それに対してカミュの『ペスト』はもう少し個人に寄った作品だ。1940年代のアルジェリアの港町オランを舞台にペストに翻弄される人々を描いている(史実としてこの年代にオランでペストがあったという事実はない)。魅力的な登場人物たちはそれぞれに違った考えと目的を持っている。たとえば、オランが閉鎖されてしまった時にうっかりそこにいた新聞記者のランベールはパリにいる恋人に会いたい一心で脱出を試みるし(「僕が心をひかれるのは自分の愛するもののために生き、かつ死ぬということです」(前掲書197頁)、町がペスト禍のために封鎖されたおかげでコタールは自由を謳歌するようになった(実は平時であれば逮捕される運命にあった)。罪なき子供が苦しみ抜いて死ぬ不条理な世界であっても神への信仰を捨てないならばその世界すら愛さなければならないとするパヌルー神父(「しかし、おそらくわれわれは、自分たちに理解できないことを愛さねばならないのです」前掲書259頁)、「理念」というものが人間を殺し得ること、そのことを間接的に同意しなければ社会を成立させることができないこと、「誰でもめいめい自分のうちにペストをもっているんだ」(前掲書302頁)と主張するタルー(この人物の手帳の記述があちこちに引かれるのだが、人々の暮らしの細部をみつめる視点が良かった。「ペストは流行時においては、猫に唾を吐きかけることを禁ず」(134頁)だとか)。「際限なく続く敗北」(152頁)の中にあってもあくまで自分の職務をよく果たすこと、ペストと戦う唯一の方法は誠実さであること、人類の救済なんて大袈裟なことを考えずにあくまで目の前にいる人の健康、ということが第一の関心であると語る医師リウー。

みんなが違う方向をみながらも同じペスト禍の中にいるということにまだ人間の自由があるのではないか?と思えば救われるような気がする。

 

と、なんだか長くなってしまった。

いやいや久しぶりに喋った(というか書いた、なんだろうけれど日常でもほとんど話すことはなかったのでついそう言いたくもなる)。

このブログ記事の一番はじめに書いた「新型コロナウィルスに隠喩を与えるならば『沈黙』こそがふさわしい。」というのが、コロナ禍にいた私の日常を表す正直な感想である。それは職業に由来するところも大きい。なにせ報道されるよりも(医療関係の外側で暮らしているひとよりも)自然に詳細な情報を持ってしまうのだ。はじめWHOは「パンデミック」よりも「インフォデミック(infordemic)」と言った。うかつな発言がデマを呼び混乱を巻き起こすかもしれない、まずはその懸念から沈黙した(SNSのアカウントを非公開にした、結局ほとんど更新しないアカウントだけれど)。

次に北海道で陽性患者が増加し始めた頃にネット上でうっかりみかけてしまった「北海道の人には来ないでほしい」という発言が私をさらなる沈黙に追いこんでいった(現在他県あちこちで患者の数が増えているけれど、言い返しても不毛なのでやっぱり私は何も言わない)。

私自身が医療関係者であり、人より感染リスクが高いことを知っているからこそ、たぶん他の人より決意するのが早かった、「当分の間、仕事以外では人に会わないようにしよう」。それに陽性とされた場合「社会的に死ぬ」という雰囲気が醸成されたことも沈黙を余儀なくされた理由のひとつかもしれない(これは私に限らないことだと思う。恐ろしいことに)。ひたすらに沈黙に追い込まれていく印象と、深い孤独の中に落ちていた。新型コロナは人を分断するなと思った(イベントの中止という物理的なものから、偏見という精神的なものまで)。終わりがみえないからこそ、余計に暗澹とした。

一応、曲りなりに表現者として生きようと思っているわけだから、本当なら沈黙すべきではなかったのかもしれない。だけれど、「沈黙」を強いられる重苦しい現在に対して、私は勝つことができなかった。精神的に負けた。

 

「みずからペストの日々を生きた人々の思い出のなかでは、そのすさまじい日々は、炎々と燃え盛る残忍な猛火のようなものとしてではなく、むしろその通り過ぎる道のすべてものを踏みつぶしていく、果てしない足踏みのようなものとして描かれているのである。」(214頁)

 

「九月と十月の二月間、ペストは町をその足もとにひれ伏させていた。なにしろその正体は足踏みであったから、数十万の人間が、いつ果てるとも見えぬ週また週の間を、なおも足踏みしつづけていた。」(222頁)

アルベール・カミュ著、宮崎嶺雄訳『ペスト』(新潮文庫、昭和44年)

 

 

少しずつエビデンスが集積されることによって、新型の特性みたいなものや、あるいは対処の方法が少しずつみえてくるのかもしれない。多くの人が免疫を持つようになれば感染性の流行病もおさまっていくだろう。そのことに期待しつつの「足踏み」をいつまですればいいのか、いつまで踏まれればいいのか。「沈黙」に勝つためにはなにをどう考えていけばいいのか……。

 

あ、ボッカッチョの『デカメロン』読まなくちゃ!!(笑)

 

今回読んだもの、デフォーのほうは新訳が出ているようなのでそちらを貼っておきます(私が手に取ったのはデカい文学全集に収められたものだったから読むのが大変でした笑)↓ 

ペスト (新潮文庫)

ペスト (新潮文庫)

  • 作者:カミュ
  • 発売日: 1969/10/30
  • メディア: ペーパーバック
 

 

 

 

 

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