Danse Macabre!

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。

世界との接触、たとえば朝起きてちいさないきものを撫でるとか―ポール・オースター『冬の日誌』

生きるということがどんなことであるのか、ひと言で表現するのは難しいけれど、毎日なにがしかの文章を書きながら考えていること、それは生きるということが世界との絶えざる接触であるということだ。私は午前四時前に起きる、その時まずある感覚は全身のこわばりと痛み、それからなんとかベッドを抜け出して飼っている小動物の世話。撫でる、抱く、頭の上から耳の付け根のあたりを揉んでみる。朝食を整えたりする。朝食は「食べる」ために、毎日同じようなものでもきちんと用意する。もろもろの家事(洗濯と風呂掃除が最も腰にとって過酷)を終えてから仕事に行く。移動は車。自分の右足で間違いなく踏むアクセルとブレーキ、右足への絶大な信頼を持ってだいたい時速60キロメートルで動く。一日の大半は職場で過す。毎日だいたい1万5千歩ほど歩く。帰宅してから眠るまでの様々な事柄、たとえば読書と目のかすみ、書き物と頭痛、シャワーと水圧のこそばゆさ、小動物との遊びとくしゃみ。植物に水をやり、いらない葉や終わった花を落とす、ハサミを持つ右手の不器用さ、再びこわばり、そして就寝、ぼろぼろになって糸くずがたくさん出ているタオルケットに包まれる安堵。簡単にしか書けないが、これが自分の暮らしであり、自分の体が世界から受けとっている感触である。大袈裟なことなど何もない。ただいわゆる日常と呼ばれるものがある。そしてその「日常」の中の多くの感触は「体」が受け取るものであり、感覚も含めた総体が暮らしなのではないだろうか。

 

長々と書いてしまったが、今回ご紹介する本はこちら。

ポール・オースター柴田元幸 訳『冬の日誌』(新潮社、2017年)

 

冬の日誌

冬の日誌

 

 

 

実はこの大作家の著作を一冊も読んだことがなく、作者よりはむしろ訳者のほうを知っていた(私は柴田元幸さんを『MONKEY』の編集者として知っていたし、ナサニエル・ウエストの翻訳を今年に入ってから読んだはずだ)。今回この本に手を伸ばした理由は表紙に惹かれたから。こんな贅沢な本との出会いは久しぶりな気がする(もちろんブログに記事を書くくらいだから、内容もとても良かった)。

この本の内容を簡単にまとめれば帯にある通り、「人生の冬」を迎えた作家の、肉体と感覚をめぐる回想録だ。64歳になった著者の自伝であるが、思い出される自分のことを「君」という二人称で表現していたり、語られる人生上のエピソードが単に時系列で並べられているわけではないという面白さ。「体」にまつわる小さなトピックからより普遍的な人生の感慨に持っていくような書き方がとても印象的だ。たとえば顔についた傷跡を巡って。

 

君の傷跡一覧。特に顔の傷跡。毎朝、ひげを剃ったり髪を梳かしたりしようとバスルームの鏡と向きあうたびにそれらの傷が目に入る。それらについて考えることはめったにないが、考えるときにはいつも、それらが生のしるしであることを君は理解する。顔の皮膚に彫り込まれたもろもろのギザギザは、君という物語を語る秘密のアルファベッドだ。なぜなら傷跡一つひとつが治った怪我の名残であって、怪我一つひとつは世界との思いがけない衝突によって生じたのだから――つまり事故(アクシデント)によって起きる必要のなかったことによって。アクシデントとは取りも直さず、起きなくてもよいはずのことなのだ。それは必然性ある事実ではなく、偶発的な事実である。けさ鏡を見ていて訪れた、人生はすべて偶発的なのだという認識――ただひとつ必然なのは、遅かれ早かれ終わりが来るとういこと。

(前掲書、7頁より引用)

 

傷跡にはそれぞれ、その傷を負った時のエピソードがある。しかし、覚えのない傷もある。そういう「起源」のわからない傷跡に対して「君」は妙な話だと思う。「君の体が、歴史から抹消された出来事の起きた場であるなんて」(9頁)

起源と言えば、「君」という人物がどこから来たのか、という存在についての問題がある。この結局はよくわからない問題に「君」が出した結論は自分の一個の肉体の中には無数の文明が(わかりようのない先祖たちの移動と混淆)あって、それぞれが自分の肉体の上で相対立している、肉体はそういう「るつぼ」なのだというもの。

「手」に関する記述も面白かった。もしかしたら「手」というものが世界との無意識の接触をいちばんやっているのではないか。作者はジェームズ・ジョイスをめぐる逸話を紹介する。一人の女性が『ユリシーズ』を掻いた手と握手させてもらえませんかと頼んで来たことに対してジョイスはこう答えたという。「マダム、忘れてはいけまん、この手はほかにもたくさんのことをやってきたのです」(151頁) 

 

いかなる詳細も語られないのに、卑猥と婉曲の何たる傑作。すべてを相手の想像力に委ねるがゆえに効果はいっそう増している。彼女が何を見ることをジョイスは望んだのか? 《中略》いかように空白を埋めようとも、ポイントはとにかくひどく醜悪と思える行為、とうこと。君の手もむろん同じようにそうやって君に仕えてきた。誰の手だってこういうことをやってきたのだ。だがたいていの場合、手たちは思考をほとんど必要としない営みの遂行に忙しい。

(前掲書、151頁より引用)

 

思考を介さない手の動き、それが実のところいわゆる「日常」の暮らしの主な担い手なのかもしれない。このブログ記事を書いている手は今朝、小動物の糞を拾い、料理をし、尻を拭き、自動車のハンドルを握り、パソコンのキーボードを叩き、ひとにささやかな贈物をし、粘着テープと苦闘した。その時、その一瞬一瞬が世界との接触なのだ。考えていないだけど結構な大事である。無意識な手は暮らしを、そして人生を、もっと大きく言えば歴史を作ってかたちづくる。だが手は――手に限らず体のいたる部分は――いちいちそんなことなど考えていられないほど忙しいのだ。

 

世界との接触から人生をとらえるなら、当然「体」のことを書かねばならない。「体」があって、それが世界の感触を受け取ったり、世界に対して何らかの干渉をする。そして何らかの感情を引き起こすきっかけを作り出す。この本に私は「生きていること」「暮らすこと」の実感や肯定を強く感じたのだった。

 

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糸玉の中心、ほどけどもほどけども―谷崎由依『囚われの島』

私はこの作品をすぐれた幻想小説として読んだ。

谷崎由依『囚われの島』(河出書房新社、2017年)

初出『文藝』2016年冬号 

囚われの島

囚われの島

 

 ※当ブログでの引用は初出『文藝』掲載時のものであることを予めお断りしておく。

 

 

全体が三章構成になっており、第一章と第三章は現在の日本社会を舞台に、真ん中の二章がかつて養蚕で栄えた村の勃興と零落を描いている。小説世界の現在(第一章と第三章)において、この村は廃村とされている。

簡単に小説のあらすじを書いてみる。主人公は静元由良という新聞記者の女性だ。困難を抱えた家庭に育ち、父はおらず、母は兄ばかりを偏愛していた。由良は会社の上司である伊佐田(妻子のある男)とかつて父を奪った女と同じことをしている自分に気がつきつつも、不倫関係を持ってしまっている。由良は繰り返し見続ける気がかりな夢を抱えていた。それは小舟に乗って水上を渡り、島に近づいて行くというものだ。ある日、盲目の調律師である徳田俊に出会ったことにより、この「夢」が核心に近づいて行く。そしてその核心こそ「終わり」なのだ。徳田俊もまた、島の夢を見続けていた。彼の場合はずっと島にいる夢で何年も何かを待っている、というものだった。誰かが小舟で近づいてくる、だけれど船が着いたことはまだ一度もない。毛糸玉を解いていくように、ふたりは対話を重ねて夢を解いていく。だけれど、毛糸玉を解いてしまえば結局解いた先に何もない。

徳田は部屋で蚕を飼っていた。蚕糸研究所を訪ねて養蚕について知っていくうちに蚕という生き物が人工的な存在で交尾をせず、みずからのうちに刻まれた遺伝情報を恒久的に保ち続けることを知る。このことから「父」の不在、海辺の蚕都が由良の中に浮かびあがる。徳田と自分の不可解な一致が夢を解く鍵になるように感じはじめ、由良は徳田を助けたいと思うのだった。蚕の糸をたぐるように、またギリシャ神話で英雄テセウスアリアドネの赤い糸玉を頼りにミノタウロスの迷宮を脱出するようにして、由良は夢を解いていく。それが徳田を救うことになると信じているかのように。

 

この手のなかの糸の先にあるものは何だろう。深入りしてはいけない、と警告する。けれどもう無理だ、と何かが言う。

 その通りだった。無理なことだった。糸玉は疾うに転がりだしてしまったのだ。

(『文藝』2016年冬号、94頁より引用)

 

私がこの作品に強く幻想性を感じるのは、主人公が営む社会生活と、かつての蚕都、盲目の調律師の存在がギリシャ神話(クレタ島の物語、赤い糸)と、蚕にまつわる伝承を素材に繋がっていくためだ。作品内にはオルターエゴ(いまここにいる自分ではない、もうひとりの自分)という言葉で説明されているけれど、この言葉で定義されている以上に風景の描写によってそれぞれの物語が深い所で繋がっているように思えた。

描写で特に印象的なのは「月」で、これもこの小説を幻想的にしていると思う。

 

 

しらじらとまるい球体が、夜空にあいた穴のようにはっきりとあった。高いところにある月を、左右にならぶビルの硝子が囲んで映し出している。幾つもの像のまんなかで、天蓋に浮かぶそれは似姿たちよりいっそ朧で、掴みがたく、それゆえに唯一の月だった。

(前掲書、79頁-80頁)

 

いま空は、目をあけつつあるんだ。新月は、閉ざされていた瞼そのものだった。どこにも見あたらなかったひかり。かつてひらかれたことのなかったその目が、今夜、ここで、あいていく。

(前掲書、104頁より引用)

 

「月を、探してたの」由良は夜の街をジョギングしながらビルの硝子に映る月を追っている場面がある(79頁)。硝子に映る月の、無数の輝きが眩しく、けれどもそのどれもが偽物なのだ。夜の街はまるで万華鏡の中だ。とても綺麗な場面で印象に残っている。月が万華鏡に入れられた色紙の切片、またはビーズのようにばらばらに砕けてきらめくイメージが浮かぶ。破片の光はしかし偽物で、天頂には満月がひとつ。その満月がまるで「目」のように描かれている。空高くから地上を見下ろすこの「目」は一体だれのものだろうか。この小説世界の地上すべてを見下ろすまなざしは人間の視点を越えていて、まるで「ふへんの神さま」のまなざしのようだ。この視点が小説全体を幻想的にしていると思う。

目をあけつつある空、夜空にあいた穴などと表現される月の存在は、目の見えない薄明の世界を生きることと対になっていて、とても面白く読んだ。

 

最後に、この作品に引用されている万葉の東歌について。

 

たまがわにさらすてづくりさらさらに なにそこの子のここだかなしき

 

「かなし」という言葉は「哀しい」とも「愛しい」とも通じる。どうしてこの子はこんなにもいとしいのだろう。いとしく、かなしいという感覚に何故か共感してしまい、この万葉の歌が忘れられなくなってしまった。人と人との関係性、いやそれだけでなくて、もっと広く人と何かの何らかの関係性にはこの「かなし」がぴったりとはまってしまうことがあるのではないだろうか。

この歌を、古来、蚕を飼うのは女性の仕事であったことと重ね合わせて読んでしまえば、まるで女性の「庇護欲」の表出が小説作品全体に流れているように思える。上司、伊佐田への由良のまなざしや、徳田を助けたいという思いなど、母親の庇護を十分に受けることのできなかった由良の庇護することへの強い欲望を感じてしまう。そんな由良のまなざしは第二章で蚕を育てるすずちゃんという登場人物のまなざし、または、すずちゃんをはじめ蚕飼に追われる女たちの子供の面倒をみる二章の語り手のまなざしにうっすらと重なる。

 

「迷宮はね、いつも抜け殻なんですよ。人間がその入り口を通って、ふたたび出口から抜けられたということは、それはもう、迷路ではないんです。すでに解かれてしまったあとだから。中心に居座っていた謎は、そのときには消えてしまっている」

――糸玉と、おなじですよ、毛糸の玉を幾らほどいてみても、なかからは何も出てこない。糸の道が繰りたたねてあるばかりです。

(前掲書、158頁より引用)

 

中心があると思って糸を手繰る。けれどもすべて手繰ってしまえば、もうそこにはなにもない。空洞ではなかったはずなのに、解いてみればなにもない。

天空と海洋のはざまで夢をみる―ル・クレジオ『黄金探索者』

 

 

この小説は天空と海洋の、途方もなく広い世界へとひらかれた物語である。

 

ル・クレジオ 著、中地義和 訳『黄金探索者』(新潮社、1993年)

のち『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集Ⅱ-09』(河出書房新社、2009年)所収。

※当ブログ内の引用ページ番号は『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集Ⅱ-09』に依る。 

 

 

あらすじを一言で言ってしまえば、小説の語り手「ぼく」(アレクシ)が、父の残した地図を頼りにかつての「海賊」の財宝を探すという、宝探しの物語である。

 

その間ぼくは机のそばに突っ立ってじっと動かず、星図と並んで壁に鋲で留められたロドリゲス島の地図をちらちらと眺めている。これ以後に起こったいっさいのこと、あの冒険、あの探索が、現実の大地の上ではなしに空の国々で起こったことのように思え、ぼくが旅を始めた船がアルゴ船であったような気がするのは、きっとそのせいだ。

(前掲書、251頁引用)

 

アレクシはこの「宝探し」によって、すべてを取り戻そうとする。というのも、彼の父が事業に失敗して破産し、幼少期に世界のすべてだと思っていたブーカンの谷の家までも失ってしまっているのである。この小説は失われた過去の時間をなつかしみ、いつくしむような「ぼく」の語りに支えられている。「思い出すかぎり遠い昔から、ぼくは海の音を聞いてきた。」(209頁)アレクシが思い出す時間にはいつも海が近くにある。ブーカンの谷をおわれた一家が移り住んだフォレスト・サイドという所での灰色の暮らし(この頃、アレクシの父は亡くなる)には一見海は出てこないのだが、かつての海賊の伝説を夢想する語り、またボロボロの家がたびたび「船」にたとえられることによって、読者は常に海を想起する。アレクシは港でゼータ号というスクーナー船と遭遇し、ロドリゲス島へと旅立っていくことになる。

それから「星空」。これも忘れてはいけない。アレクシはたびたび夜空を見上げる。それは失われた幼少時代に父に教えられながら「星の小道」を歩いて星座を覚えたころからはじまる。ゼータ号という名前の船に乗って宝探しの航海に出た時もその甲板上で、またロドリゲス島の谷で孤独な探索を続けている間にも、たとえ第一次世界大戦に身を投じている間でさえ、アレクシは星空を見上げてしまう。特にたびたび言及される「アルゴ船」、この星座は残念ながら日本から全体を見ることのできない南の星座のひとつだ(この小説の舞台は南半球のモーリシャス島と、その近海、島である)。アレクシは自分の冒険をたびたびアルゴ船一行の冒険(ギリシア神話)に重ねている。

 

何もかも静まり返り、止まってしまった。地上の時間は宇宙の時間だ。ヴァコアの絨毯のうえに横になり、ウーマといっしょに軍隊の毛布にくるまって、ぼくは星を眺めている。

(前掲書、474頁より引用)

 

これが、「宝探し」の結末と言っても過言ではない。地上と宇宙が重なり合うということを知る、その過程がひたすら「黄金探索」として描かれているように思える。「宝探し」は終始、目線が下ばかり向いてしまう行為だ。谷を測量し、図面と比べ、その図面に新たに見出した地形の「意味」を刻み付けていく。つるはしを打込み、穴を掘る。

もしも、こういった作業を夜空に対して行うとすれば……?

それが「星座」ではないか? と私は思う。子供の頃、「星座」というものがよくわからなかった。プラネタリウムで見る夜空には何故「絵」が浮かんでいるのか? 実際の空にはどこを探したって絵なんか見つからない。それなのに、夜空を見上げるとついつい「星座」を探してしまう。

この目でとらえることのできない神話的な絵の数々は、古の昔に生きた人々が天空に対して刻み付けた意味であり、生の痕跡であると言えないか。そしてそれは「黄金探索者」が地上に対して行ったことと同じではないだろうか。点と点を結び、浮かび上がる図形になんらかの意味を与えていく。また「星」には動きがあるからその法則性を見出して我々人間が感じている「時間」の中に落とし込んでいく……。

 

アレクシがまだブーカンの谷の家で暮らしていた頃の思い出のひとつに、姉のロールと過ごした屋根裏部屋の時間がある。そこでふたりは古新聞や古雑誌に掲載されている広告を見ながらお互いに贈り物をしあう、という空想の遊びに耽る。この時ふたりにとって重要だったのは実際の「物」ではなくて、おそらく「贈物をしあう」という行為のほうだったのだろう。この感覚はアレクシが見出すことになる「黄金」が物質的な「財宝」ではないことを予感させる。ル・クレジオの作品はいつも光が美しい、とりわけ、夕べの描写が素晴らしい。金色の夕日がその時々の語り手の感慨とともに語られていく。

旅の方向はいつも「回帰」だ。しかしそれは単なる原点回帰というだけでない。ラストはまだ見ぬ旅(もうないかもしれない旅)への美しい幻視である。読者の想像は果てしなく広いところまでひらかれているのだ。

 

私はもう何度もこの小説を読んでいる。本当に好きな作品なのだ。今回は語り手が自身をかつての「海賊」と重ねあわせ、同一化をはかっていくところに面白さを見出したりもした。語り手の「ぼく」はふいに戦争に身を投じていくことになるが今までこれがどうしてなのかよくわからなかった。今回読み返してみて、「ぼく」の戦争経験はかつての「海賊」が略奪と殺戮の日々を生きたこと、そしてその成果して「黄金」を得たことと重なり合うように思えた(「ぼく」は戦争によって報奨金を手に入れており、実は物語の後半ではお金に困っていない)。そして「自由」のために、得たものもすべて手放してしまったのだろうかつての「海賊」と自身を重ねあわせ、「ぼく」もまたすべてを手放してただ未来というまだ見ぬ時間への憧れを抱くのだろう。

 

『黄金探索者』刊行直後のインタビューで著者のル・クレジオがこんなことを語ったという。孫引きになってしまい申し訳ないのだが、本書の訳者あとがきより引用メモを残してこの記事を終えたい。

 

「私の興味を引いたのは、祖父がその生涯を夢のなかで過ごしたということです。私も祖父と一緒に少しばかりその夢を見たかった。この小説はその夢の結果です。[……] 私は自分のものではない過去とともに成長しました。しかしその過去は、強い喚起力によって私のなかに深く根づいていました[……] 祖父がひとつの妄想のなかにすべてをなげうったのに対し、私は、夢見ることですべてを取り戻そうと試みています。」

(前掲書、505頁より引用)

 

※「黄金探索者」は作者の祖父の思い出をもとにして書かれた作品です。

 

 

黄金探索者 (新潮・現代世界の文学)

黄金探索者 (新潮・現代世界の文学)

 

 

ポラリスまで―ル・クレジオ『氷山へ』

雑然とした日常生活の中で、ふいに、すてきな詩に巡り会った時のよろこびって確かにあると思いませんか? 詩に限らないけれど、なんか、こうすてきな表現。その時、雑然としていたはずの日常から一瞬だけ抜け出したような気持ちになってどこかほっとしている自分に気がつく。「言葉」の美しさが日常に滲みだしてくることで、社会生活に溺れずに済んでいる。そのことへの安堵だろうか。

今回ご紹介する本は、まさにその言語によるよろこびそのものを、詩的な散文作品に仕立てた1冊。

 

ル・クレジオ 著、中村隆之 訳『氷山へ』(水声社、2015年)

blog 水声社 » Blog Archive » 2月の新刊:氷山へ《批評の小径》

 

「ぼくはアンリ・ミショーの詩を旅するように読みたい。」(12頁)

ル・クレジオのこの言葉が本書を一言で言いきっていると思う。「旅するように」。

 

この著作の原著「Vers les icebergs(Essai sur Henri Michaux)」は1978年に発表されたものだそうだ。今回私が手にとった日本語訳の書籍(2015年発刊)にはアンリ・ミショーの詩「氷山」「イニジ」を巡るル・クレジオのエッセイ(とても詩的)の他に、今福龍太「ことばの氷海への至上の誘い」、訳者あとがきが含まれる。もちろん、アンリ・ミショーの「氷山」「イニジ」も収められているのでミショーの詩を読んだことがないひとでも手にとって楽しむことができると思う。実際、私も今回はじめてアンリ・ミショーの詩を読んだ。ふだん、あまり詩を読むことがないので「詩の読み方」のようなことはわからないのだが、ル・クレジオが書いているように「詩」は「詩」そのものとして、つまり理論武装をして分析的に読むという読み方とは異なる楽しみ方があるのだと思う。詩の少ない、硬質な言葉のひとつひとつを時に取り上げて転がし、時につらなりとして流れるように読む。詩の言葉にもぐることも、詩の言葉を飛ぶことも許される。読むことそのものが至福と感じられるこの世界はル・クレジオの作品全般にも言えることだ。

 

〈氷山〉よ、手すりもなく、ベルトもなく、仕留められた老いた海鵜の群れと死んだばかりの水夫たちの魂が極北の幻惑的な夜々に肘をつきに来るその場所よ。

(アンリ・ミショー「氷山」(1934年)抜粋、『氷山へ』に掲載されています。)

 

アンリ・ミショーの「氷山」「イニジ」という作品の言葉による詩的経験を、ル・クレジオは旅するような言葉によって辿ってみせた。『物質的恍惚』に見られる透徹した言語の極地の美しさを楽しめる1冊だ。特に「氷山へ」という文章の、都市とそこを離れて行こうとする想像力の飛翔《旅》の二重うつしが素晴らしい。

 

最後の家並みは、その壁とその囲いで、ぼくたちを引きとどめる。電信線はぼくたちに巻き付いている。自由になるには、そのケーブル、そのコードを一太刀で断ち切らねばならない。出て行こう! ぼくたちが好むのは、広大なデッキだ、遠方の、無限の海だ! ぼくたちは前に進み、境界を踏み越える。おそらく運動はいまやぼくたちのうちにある。穏やかで力強い、緩やかな運動、長い間、はき出される息だ。そしてぼくたちはこの口から現われる風に乗って旅している。

(前掲書、23頁より引用)

 

「口から現われる風」、詩の言葉、それに乗って都市をから抜け出し海へ、そして氷山へと至る。アンリ・ミショーの詩の言葉によってル・クレジオの文章は「北」を目指す。都市の雑多さの中で思いがけず美しい詩に出会ってしまって生じた想像という運動が、ル・クレジオの詩的言語で表現されている。

 

併録されている今福龍太「ことばの氷海への至上の誘い」によると、ル・クレジオ文学は「北」と「南」がいつも豊かに触れ合っているという。南はル・クレジオにとって「心」。心の深奥部を求めるように書かれたモーリシャス、ロドリゲス、ナイジェリアパナマメキシコメラネシアのヴァヌアツの島々を素材に書かれたものが「南」にあたる。

対して「北」は「もっとも厳格な物質言語の極北」。『物質的恍惚』という著作に通じる言葉に対する美意識。

 

「世俗的な文明社会の呪縛に決別し、南への憧憬とともに心の側に離脱するのではなく、むしろ究極の物質性がもたらす陶酔の側に向けて逃れていこうとするときに浮上する、白い、透明な大気の土地だ。もっとも厳格な物質言語の極北。もっとも純粋で透徹した言葉の種子が、裸のままに生まれでる大地。」

(前掲書、98-99頁より引用、今福龍太「ことばの氷海への至上の誘い」)

 

ル・クレジオの作品は初期からメキシコ体験を経て変化していったことがよく言われるけれど、「北」と「南」という方位による分析ははじめて読んだ。また、ミショーの詩「氷山」(Iceberge)の、icebergというフランス語の不思議さについても書かれていて興味深かった。Icebergというフランス語は、英語由来の明白な外来語・借用語なのだ。「ル・クレジオにとって、フランス語の海のなかで孤独に自己を凝視する英語由来の“iceberg”の一語は、まさに彼の作家としての存在そのものの写し絵のように思えたのだろう。」(103頁)、「そう考えれば、“iceberg”という異形の語との遭遇は、まさに自分の分身のような存在との不思議な言語的邂逅でもあったことになる。」(104頁)とも分析されていた。

書くことで「旅」ができるなら、読むことでもまた「旅」ができる。馴染のない言葉によって組上げられた世界の中を視線によって旅をする。そうしているうちに、読者の側(現実)に少しずつ、異質な世界が滲みだしてくる。

 

北極星 POLARIS

夜、ぼくはもはやこの星のほかには眺めないし、そのほかはもう目に入らない。

星はその冷たい光線を拡大し、その後、四角い家々を押しのけ、格子を取り払い、扉と窓の掛け金を開け、邪魔なものを一層する。星は大西洋の上でただひとつ輝く。漂流する巨大な建物ははるか後ろにとどまったままだ。どこまで行くのか。しかし星から生じる言葉は忘れられがたい。その言葉はただひとつであり、それはそのまなざしのうちで樹氷色に輝く。(前掲書、38-39頁より引用)

 

ぼくたちは、空を見上げながら寝そべるひとたちのように、この言葉を絶えず聞きたい。ぼくたいは、知らないうちに、その言葉の国に、北の領域に到着したのだ。

(前掲書、39頁より引用)

 

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ずらす、くずす、くずれた!?―大前粟生『のけものどもの』


自分が世界のあり様として確信しているものどもの多くが、いかに既存の言葉とそこに付着するイメージ、印象によって形作られているか……。知ってしまってショックを受けた。独創性とは一体なんなのか、それは可能なことなのか? そんなことを考えながらこの本を読んだ。そんな読書体験の感想を書いていこうと思う。

 

大前粟生『のけものどもの』(惑星と口笛ブックス、2017年)

 

 

 (詳しくはこちらのリンク先へどうぞ)

 

 今年、西崎憲さん主催の電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より発売された著者初の単行本である。この作品に収録されている22篇の短篇・掌篇小説が提示する言葉に「混乱」を感じるたび、自分の世界の捉え方が良くも悪くも「型」にはまってコチコチに凝り固まっていたことを思い知った。たとえば、「床から生えてきた隕石のような速さ」だとか「死んだ牛ともう育たない野菜」と言った言い回し(いずれも短篇「生きものアレルギー」より)。純粋に言葉というものから、なんらかの「像」を頭の中に思い描くことは可能なのだろうか。とても難しい。私のあたまの中には、いつもなんらかの既存イメージがすんでいて、言葉の受容を妨害してくる。……と、そんなわけで普段は使わないあたまの部分をフル回転させて、『のけものどもの』という作品を読んだ。

 

この小説を一言で表現するなら、「前提の崩壊」だ。

 

ここで言う「前提」とは、言葉に対して言葉そのもの以上に我々が塗り込めてしまっているイメージ。日常生活の中で「あたり前」のものとして我々に認識、共有され、再生産され続ける価値観。そういうものを、粉々に破壊してしまう力をもった小説だったと思う。よく知られた固有名詞、たとえば「情熱大陸」(あのTV番組だ)、「ファブリーズ」「あずきバー」「ノーベル賞」、プルーストなど数多の文豪たちの名前。これらのよく知られた固有名詞は、ほんの少し「よく知られた」部分からずらされると、あっという間に笑いの対象になったり不安のイメージを掻き立てる存在になったりする。

 

「封筒」という概念を私だけが勘違いしていて、封筒とはなかになにかを入れて運ぶものではなくて、なかに入ってきたものをたべてしまう生きものなんじゃないか。

(『のけものどもの』収録作品「不安」より引用)

 

 

※ちなみに、このブログ記事の「執筆者」は「情熱大陸」という番組を見たことがない、「あずきバー」を食べたことはない、「ファブリーズ」より「リセッシュ」派、プルーストの作品を読んだことはなく時だけが失われっぱなし、もちろんまだ「ノーベル賞」をもらってない。さらに馬鹿なことに「執筆者」はいつも手書きでブログを書く非効率的な存在であり、ブログの「更新者」とはたいてい別人である(「執筆者」の家にPCネット環境がないので業務委託)。おっと、話題が逸れまくったぜ。で、この部分を書いてるのはどっちかっていうのは秘密。

 

 

私が特に気に入った作品は「生きものアレルギー」「情熱大陸」「脂」「不安」「けものどもめ」「おじいちゃんのにおい」「キュウリ」「ねぇ、神さま」だ。

ただひたすら「想像」や「言葉遊び」という範疇に押し込めてしまうにはもったいないような気もする切実さ――生きているということと、死んでいるということ、生きものであるということと、物体であるということ、ちゃんと死んだことにしてあげることと、ちゃんと生きてきたってことになること――を感じた部分もあった。ふたつの状態から半ば離脱しかかるような不安定さに惹かれた。

 

以下、特に気に入った作品のうちから「キュウリ」と「情熱大陸」について、それぞれ書いていきたい。

 

 

■「キュウリ」

 

「わたし」と「キュウリ」の関係性がするっと反転するところに面白さを感じた。しかもその反転は本当に限られた文章の中で行われる。

 

「わたしの破壊欲のすべては口のなかで完結する。」

(引用)

 

キュウリを食べる小説。食べる、いや、噛み砕く。何も壊さない、誰も傷つけない、ただキュウリを噛み砕くだけの小説で、キュウリの叫びはやがて「わたし」のものになる。

 

 

■「情熱大陸

 

情熱大陸から電話がきた。」

という一文から始まる小説。

まず、この一文の時点で「情熱大陸」には二つの可能性がある。一つ目は、これがあの有名なテレビ番組からのオファーという可能性、もう一つは「情熱大陸」という名前の大陸があって、そこから電話がかかってきた、という可能性。

情熱大陸に出てくれという。」

二つ目の文で、どうやら可能性は前者、つまり「情熱大陸」はあの有名なテレビ番組(様々な分野で活躍する人たちを、ひとりひとり密着取材して取り上げ、紹介するという内容のテレビ番組)だったらしいとわかる。

小説の語り手「私」こと「大前粟生」さんに「情熱大陸」出演のオファーが来た!?

しかし、すぐ後に……

 

情熱大陸は、朝の5時ごろにきた。ちょうどアフリカ大陸と日本列島を足して2で割ったような格好をしている。」

情熱大陸が私に近づいてくる。私は後ずさりする。」

(作品より引用)

 

どうやら「情熱大陸」は具体的な形を持っていて、小説世界の現実に物理的に干渉してくるようなのだ。「情熱大陸」という名前の物体があるらしい。物体というか、話しているようなので、生き物だろうか。よくわからない。

 

情熱大陸の表面で木々がそよいでいる。」

「私ははにかみながら、情熱大陸のなかに入っていった。」

(作品より引用)

 

情熱大陸」は木々なんかがそよいでいる「大陸」だったらしい。しかもその中に「入っていった」ということは、以下、作品の舞台が「私の部屋」から「情熱大陸」に変わってしまったようなのだ。いつの間にか「情熱大陸」の上に立っている。

小説を書きたいはずの「私」こと大前粟生さんだが、「情熱大陸」は小説を書かせてくれない。仕方がないので「私」はFBIを目指すことになり、英語を勉強し、筋トレをし(小説書きたいのに!!)、その様子を「情熱大陸」(テレビ番組、固有名詞)が編集する。

 

すごい、たったこれだけの分量(とても短い作品です)でこれほどの転移。この現実レヴェル(語り手の立ち位置)の転移に読者はついていかなければならないのだ。

たった数行で「情熱大陸」という言葉が喚起するイメージが変わっていく。

「テレビ番組名(固有名詞)」→「物質・生物的存在」→「木々がそよぐ大陸」そしてその「大陸」の上が作品の舞台になる。これは「情熱大陸」の上で、「情熱大陸」による指導と編集が繰り広げられる掌篇小説なのだ。これにはかなり笑った。

 

情熱大陸は半笑いになって、ぼりぼりと頭を掻く。木が何本も部屋に落ちてくる。」

(作品より引用)

 

転移しすぎて何がなんだかわからなくなる。「言葉」とそれに付与され得る「意味」をずらしながら広がっていく作品世界。「言葉」と「意味」の距離を用いた一種の遊びなのだと思った。遊びといえばもうひとつ。

 

「右手にライオン、左手にその他のけもの」

(引用)

 

「その他の、獣」「その他、のけもの」?? 前者にすれば、ライオンとその他の獣(鳥類や霊長類)がたくさんいるなんだかアフリカ大陸みたいな印象が、後者にすれば、ライオンとその他名前も記されない除け者の存在が喚起される。ライオンだけがきちんと書かれていて、作品の最初のほうに「大陸に踏みつぶされた人たちの臓器」という暴力的な表現があるから、ライオンは「情熱」を貫いて勝利した王者の象徴であり、それ以外は「除け者」という読み方もできなくはない(けっこう深読みしすぎだと思うけど)。

 

と、いろいろな読み方を試みるのも遊びのひとつ。結局のところ、何が正しいとか間違っているということではなくて、作者が「ずらしていく」ことによって生まれる想像の余地を読者は思う存分楽しめばいいと思う。人は読みたいようにしか読めないのだ、というこのブログの基本方針(?)を再確認して終わろうと思う。

 

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空想と驚きに満ちた残響が聞こえる―カルヴィーノ『まっぷたつの子爵』

もしも、絶対に割り切れないものが「まっぷたつ」に割れてしまったら……? それによって起こる様々な葛藤、滑稽な出来事の数々を上質な語りで聞かせてくれる物語、それがカルヴィーノの『まっぷたつの子爵』だ。

 

カルヴィーノ作、河島英昭 訳『まっぷたつの子爵』(岩波書店、2017年) 

 

 

まっぷたつの子爵 (岩波文庫)

まっぷたつの子爵 (岩波文庫)

 

 

この作品では、あろうことかテッラルバのメダルド子爵という人の「人体」そのものがまっぷたつになってしまうのである。小説の語り手である《ぼく》が語る叔父、テッラルバのメダルド子爵はかつてトルコ人との戦争に召集され、敵の大砲に真っ正面から突撃したがために、まっぷたつに吹き飛ばされてしまったのだ。

 

「叔父がテッラルバに帰還してきたとき、ぼくは七歳か、八歳だった。すでに日は暮れて暗くなりかけていた。たしか十月だった。空はどんよりと曇っていた。」
(前掲書、24頁より引用)

 

「やがて、担架が地面におろされ、黒ぐろとした影のなかに、きらりと片目が光った。年老いた乳母のセバスティアーナが大柄な体を揺すって近よろうとした。が、その影のなかから片腕が伸びて、鋭くそれを拒んだ。ついで担架のなかの体が引きつるように角張り、激しく揺れると、ぼくたちの目の前にテッラルバのメダルドは立ちあがって、松葉杖に身を支えていた。」(26頁)

 

戦場から帰還し、徐々に村人や読者の前に姿を現すメダルド子爵。この時彼は右半分だけの姿になってしまっていたのだ。しかもまっぷたつになってしまったのはメダルド子爵の体だけではない。「人間性」までもがまっぷたつに分かれてしまった。
小説の中でやがて、はじめに城に帰還したメダルド子爵は《悪半》、遅れて帰還したメダルド子爵は《善半》と呼ばれるようになる。《悪半》のメダルド子爵は「完全」な時にはわからなかった知恵のために「まっぷたつ」になることの素晴らしさを説くし、《善半》のメダルドは「完全」な時にはわからなかった不完全のつらさのために、「連帯の感覚」の尊さを説く。
《悪半》のメダルド子爵が次々と人を処刑にするような恐怖政治を行えば、《善半》のメダルド子爵は信じられないほどの善意で人々を救おうとする。ならば、善が悪を倒せばよいか、と言えばそんなに単純な話ではない。

 

「こうしてテッラルバの毎日は過ぎ、ぼくたちの感情はしだいに色褪せて、鈍くなっていった。そして非人間的な悪徳と、同じぐらいに非人間的な美徳とのあいだで、自分たちが引き裂かれてしまったことを、ぼくたちは思い知っていった。」
(前掲書、138頁より引用)

 

《悪半》のメダルド子爵に命令されて、処刑の機械や拷問の道具を作る馬具商兼車大工のピエトロキョード親方は、《善半》のメダルド子爵に制作物の残酷さを攻められる。親方の作るすばらしい道具は、いつも無実な人々を傷つけることになる。一体自分はどうすればいいのか? そうは思うけれど親方がいくら考えても答えは出ず、ただ作りかけの機械をさらに完全に、美しいものにするしかなかった。

このあと、なんやかんやで物語が「めでたし」となるのだけれど(結末は是非読んで確かめてください笑。短い作品なのですぐに読めます)、結局のところ「極端なもの」はそれが善であれ悪であれ、人を満たすことはないのだ、ということだろうか。

 

ところで、メダルド子爵がまっぷたつになってしまったという事件の顛末を語る「語り手」の《ぼく》は一体どこに立っているのだろうか。
答えは未来だ。
というのはすぐにわかる。語り手は叔父のメダルド子爵がまっぷたつになって巻き起こる様々な事件のずっと後の地点に立って当時の様子を語っている(「ずっと後」というのがわかるのは、メダルド子爵のその後の人生がすばらしいものになったということまで語ってしまっているから)。私がこの作品を読んでいて、どんなに残酷な描写がこようが(書き出しの戦場の描写は恐ろしいものだったけれど)安心して、作中のユーモアに浸れたのはこの語りの構造によるところが大きい。
語り手《ぼく》は当時を知るその他の人々(たとえばパメーラ)から聞いて知ったことなども含めて、「あの頃」の村の様子を語る。あの頃の《ぼく》は物語を次々に作り出しては喜んでしまうような空想癖があった、ということが小説の最後のほうで明かされる。《ぼく》のこの性質が、小説の語りを補強する。実際の《ぼく》のまなざし以上のことが語られていても許されてしまう。《ぼく》は物語る素質を持った愉快な語り手なのだから。
しかし、なぜ《ぼく》が「あの頃」を語ろうとしたのか、その動機は書かれていないので一切不明だが、そんなことを考えていると、最後の一行が味わい深いもののように思われてくる。

 

しかし船の影は水平線に沈みかけていた。そして責任と鬼火とに満ちたこの世界に、ここに、ぼくは残されてしまった。
(前掲書、154頁より引用)

 

7歳か、8歳のころからの数年。
叔父のメダルド子爵が「まっぷたつ」になって戦場から戻ってきたあの頃。

語り手にとってその「時」は、あまりに忘れがたいものなので、ついつい何度も思い出してしまうのか、そして語ってしまうのか。語り手《ぼく》が「あの頃」からどのくらい離れた地点に立っているかは想像するしかないけれど、物語として語られる事件のひとつひとつが大切なことのようで、その思い出のなかに、いつまでも空想と驚きに満ちた残響が聞こえるような気がしてしまう。

Arbetsglädje、楽しんで取り組む―ボエル・ウェスティン『トーベ・ヤンソン―仕事、愛、ムーミン』

私はムーミンの原作小説が大好きだ。

それから、いろいろと雑貨屋でみかけるムーミングッズを眺めているのも好きだ。

それまで「キャラクター物」を好きになれなかった自分がどうしてこんなにもムーミンに惹かれるのだろう? それはもしかしたらムーミン世界で暗黙の了解になっている「自由」のためであったり(ムーミン一家はそれぞれ好き勝手にやっているふうに書かれる)、また作者の仕事と愛に向かう姿勢のためなのかもしれない。

トーベ・ヤンソン、というムーミン物語の原作者の名前を知っている人はどれほどいるだろう。知っているようで意外と知らない。ムーミン小説を全部読んで、コミックスもけっこう読んだけれど、作者のトーベ・ヤンソンそのひとについて書かれたものを読んだのは今回がはじめてだった。

 

ボエル・ウェスティン 著、畑中麻紀・森下圭子 共訳『トーベ・ヤンソン―仕事、愛、ムーミン』(講談社、2014年)

 

トーベ・ヤンソン  仕事、愛、ムーミン

トーベ・ヤンソン 仕事、愛、ムーミン

 

 

 

 

「書くこと、描くこと。好きな場所を見つけること。愛する人と過ごすこと。自分の本心を見つめること。たとえ何があろうとも――」

人生で何よりも大切なこと

ムーミンを生み出したトーベ・ヤンソンの生涯。

最も信頼されていた研究者による決定版評伝!

176点の図版と写真資料満載

(帯文より引用)

 

トーベ・ヤンソンは1914年8月9日にフィンランドヘルシンキに生まれた(現在、8月9日はムーミンの日ということになっている笑)。父ヴィクトルは彫刻家、母シグネ(愛称ハム)は挿絵画家だった。トーベ自身は画家として、また作家として七十年以上活動をしたそうだ。デビューはわずか14歳の時、雑誌のイラスト掲載だった。翌年には児童誌のルンケントゥス誌で全七回の物語の連載を担当。十五歳で最初の風刺画を発表(以上、前掲書に記載されている情報より)。ちなみにムーミン物語の最初の小説『小さなトロールと大きな洪水』が発表されたのは1945年晩秋。当時はまったく注目されなかったらしい。

トーベ・ヤンソンの芸術家人生に貫かれていた姿勢、それは「働く」ということだった。「働くことは、行動すること、工夫すること、成し遂げることだ。」(前掲書17頁より引用)

 

「創造」や「インスピレーション」という言葉は、ヘルシンキのカタヤノッカ地区ルオッツィ通り4Bにあったヴィクトルとシグネのアトリエハウスでは禁句であり、その代わりに「働くこと」と「意欲」について語られた。若きトーベの挿絵付きの日記には、働くことのさまざまな描写があふれている。書き、描き、塗り、縫い、彫り、冊子を作り、いかだや小屋や小さな家も作る。

(前掲書、18頁より引用)

 

ものをつくるということに対して、常に「楽しんで取り組む(arbetsglädje)」姿勢に共感してしまう。もちろん、作っている過程がいつも楽しいとは限らないけれどトーベ・ヤンソンにとって創作活動はいつも「自由」であるべきものであった。「私はもっと自由にならなければ。絵を描いている時に自由でいるために」(111頁)とも書き残している。

 

「義務感と意欲とのバランスは、絶えず私の課題であり続けた。でも、少しずつ私は私らしく、私なりの解決に辿り着きつつある。自分の意欲に誠実になること。やりたいと思ったことを楽しんで取り組む。人からやらされたものは何ひとつとして、自分にも周りにも喜びをもたらさない」

(前掲書17頁より引用、1955年4月ムーミン最初のブームがピークに達した頃にトーベが書いたもの)

 

「私らしく、私なり」ということは、簡単そうでいてとても難しい。

日本には世間体を気にする風潮が濃くあると思うのだけれど、そういう空気はスウェーデンフィンランドにもあるらしいと最近知った。「ヨーロッパの日本」などと言われることもあるらしい。トーベ・ヤンソンフィンランド人であるが、スウェーデン語を話す(ムーミンスウェーデン語で書かれた)。このスウェーデン語系フィンランド人の、しかもアーティストの世界というのはとても狭いそうで、そうなると周りを気にすることも多いように思う。そんな中で(そんな中だからこそ?)「自由」を求め、「私らしく、私なり」であることを追求したトーベ・ヤンソンの勇気に驚く(それだけでなく、1940年代にはガルム誌で一国の支配者を取り上げて嘲笑う抗議の「諷刺画」を描いていた。検閲にひっかかって掲載されなかったりもしたようだが)。

 

大好きだった人々、父や、母、ふたりの弟たち。それからその時々のパートナー、アトス・ヴィルタネン、ヴィヴィカ・バンドレル、トゥーリッキ・ピエティラのこと。戦争や政治の暗い時代、美術学生として過ごした日々、留学、「ムーミンビジネス」に忙殺されていたつらかった時期のこと。ムーミン以外の絵画や小説、島暮らしのことも。なによりも「自由」を愛し、自らを「画家」と規定することにこだわったトーベ・ヤンソンの生きる姿勢が、彼女の手による日記やメモ、手紙の文章も交えて詳しく書かれた600頁以上もある贅沢な1冊である。

もちろん、「ムーミン(mumintrollet)」誕生やその後世界中で読まれるようになっていく経緯も詳しく書かれている。初期のムーミンを描いた絵のなかに、黒いムーミン(?)がいる!!

 

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