Danse Macabre!

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。

二項対立の間、遍歴する思索と行動―トルストイ「復活」1

トルストイの「復活」という作品を読んだ。トルストイは「戦争と平和」(1869)「アンナ・カレーニナ」(1877)が有名だろうが、今回は敢えて岩波文庫全2巻で終わるから、という不純な動機で「復活」を選んだ。

今回読んだ「復活」という作品は1899年のもの、前年の『芸術とは何か』という作品で、自身の過去作品をすべて否定した後の後期トルストイ作品である。

今回は藤沼貴 訳『復活』(上下巻 岩波文庫 2014年)を用いた。以下引用の頁番号はこちらの岩波文庫版に拠っている。

 

復活(上) (岩波文庫)

復活(上) (岩波文庫)

 

 

ちなみに私にはロシア文学の知識はまったくない。トルストイもさすがに名前と作品名くらいは聞いたことがあったが、実際に読んだことはなかった。そんなわけでこの作品を読む上で事前に知っていた情報は、

「作者は80代で家出をし、そのまま亡くなった」ということだけだった(笑)

後期トルストイの作品「復活」は晩年のトルストイの思想を網羅しているそうだが……なるほど、ここまで徹底すると最早家出をするしかないのか、というくらい厳しく近寄りがたい作品だ。道徳臭く、面倒くさく、その割に人間味がなく、ひたすらにストイックな小説。厳格に人間性を追求すると非人間的になるのかもしれない。しかしどこまでも問いは終わらないに向っていくさま、問い続ける姿こそ人間だとでもいうのだろうか?

 

あらすじを簡単に書いておくと、主人公で公爵のネフリュードフは、青年期に叔母の家で出会った私生児カチューシャ(エカテリーナ・マースロワ)に淡い恋心を抱く。それはとても若く瑞々しい、純粋な恋だった。しかし後に彼はカチューシャへの欲望を肉体的に達成してしまい、そのまま彼女を捨てて去っていく。数年後、ある裁判の陪審員を務めたネフリュードフは、自分がかつて弄び捨てた女カチューシャと法廷で再会する。自分の過去の過ちのせいで身を持ち崩したカチューシャに対して責任を感じ、あちこちの行政機関をめぐってなんとか彼女の無罪を証明しようとするが上手くいかず、責任や義務、愛について思い悩みながらも自身の領地を手放してまで、カチューシャのシベリア流刑に付き添うことになる。

全体にネフリュードフの思索を追いかける形で読み進めていくことになる作品。彼は多くの行政機関で様々な権力を目撃する度に、自分たちの豊かで華やかな暮らしの裏側に隠されているもの(搾取される庶民の貧しさや、道徳的堕落)を見出す。身を切るような選択を己の運命に課す「精神的復活」の過程を描いた作品である。

 

全体的に二項対立が目立った作品で、その間をネフリュードフとカチューシャが彷徨っている。その彷徨いが「復活」の過程と言えよう。作者の思考には強烈な二項対立があったのかもしれない。例えば冒頭から「人工」⇔「自然」という対立を読みとることができる。さらに裁判では「有罪」⇔「無罪」という二項の間を彷徨うように思考することになるし、「人間的」⇔「動物的」という書き方も前半に目だっていた。また「貴族」⇔「庶民」という明確な二項対立から社会の矛盾を描き出してもいる。後半では「政治犯」と「刑事犯」を分けて筆が進められている。この二極の間を行ったり来たりするネフリュードフの行動や思索の跡が読みどころかもしれない。最後まで揺れに揺れるネフリュードフ。彼の思いは青年期の詩的な夢想から始まり、官能的愛欲、自己陶酔と結びついた義務の遂行へと遍歴する。そして最後には、ただただ素朴な感情が残った。まるで子供に戻ったみたいな。シベリアまで旅立ち、放浪する男の結末は作品には書かれていない。結末は「復活の過程」とは関係がないから、作者も敢えて言及しなかったのだろう。

 

「誰でもそうなのだが、ネフリュードフの内部には二人の人間がいた。一人は他人のためにも幸福となるような幸福しか自分に求めない精神的な人間であり、もう一人は自分のためにだけ幸福を追求し、その幸福のために全世界の幸福を犠牲にすることも兵器な動物的な人間だった。ペテルブルグと軍隊生活がネフリュードフの中に生み出した、この狂気じみたエゴイズムの時期には、彼の内面に動物的人間が君臨し、精神的人間を完全に圧殺してしまっていた。」(前掲書 上巻 第1編14章112-113頁より引用)

 

一度圧殺された「精神的人間」を復活させる……。果たして可能なのかどうか。また、人間をこんな風に単純に二分割して考えることは現代ではもうできないことだろう。それでも「読ませる」小説としての魅力はやはり描写にあるのかもしれない。

次回はこの作品の描写について書いていきたい。心理と風景の描写は読者をひきつける精緻な文体で綴られていた。