言葉でできた夢をみた。

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。(書きながら、勉強中。)

魔法をめぐる物語―トーベ・ヤンソン『たのしいムーミン一家』

今回はムーミンシリーズの原作小説のひとつ、『たのしいムーミン一家』の感想を書いていこうと思う。過去記事にも書いたが、私はアプリゲームからムーミンの世界観を知り、原作が気になって読み始めたという経緯がある。そういう視点で読んでみると、この『たのしいムーミン一家』が最もアプリの世界観に近い作品だと感じた。所々にゲーム内で見かけた要素がちらほら……(おそらくこの作品をベースにアプリゲームの世界観は作られたのではないかな?と思う)。

 

トーベ・ヤンソン 著、山室静 訳『たのしいムーミン一家』

 

『たのしいムーミン一家』という作品は「魔法」というものを巡る物語である。「魔法」について印象に残るエピソードが多く、ファンタジー色が強い。まさに「たのしい」のだが、時々いじわるな気持ちや綺麗じゃない感情も描かれている。

物語のはじまりは、春になってムーミンが目覚めるところから(ムーミンは11月~4月頃は冬眠するらしい)。遊び仲間であるムーミントロールスナフキン、スニフの三人は山のてっぺんで「まっ黒いシルクハット」を見つける。このシルクハット、実は魔法のシルクハットで、その中に入ったものの姿をすっかり変えてしまうのだ。いろいろなものがシルクハットによって変身させられる。卵の殻はふわふわの雲になり、川の水は木いちごのジュースになるし、家がジャングルになるし、じゃこうねずみさんの入れ歯は……(おそろしい何かになった模様ごにょごにょ)。

中でもちょっとだけぞくっとするエピソードは、ムーミントロールの姿が変わってしまったお話。このエピソードをきっかけにムーミンたちは、どうやら「まっ黒いシルクハット」が魔法の帽子らしいことに気がつく。

雨の降っていたある日、ムーミントロールと遊び仲間たちは家の中でかくれんぼをすることになった。どこへ隠れようかと考えているうちに、ムーミントロールは例のシルクハットの下に隠れることに決めた。なかなか鬼に見つからずにいる間に帽子にすっぽりと包まれたムーミントロールの姿は「太っていた部分はみんなやせてしまい、やせていた部分は、のこらず太りました」という変身を遂げてしまう。しかも、遊び仲間の誰もがその姿をみてもムーミントロールだとわかってくれない……! 変身した姿をみせたムーミントロールに対して、スニフは「おまえなんか知らないよ」と言うし、スノークは「あいつは、だれだい」なんて言ってしまう。この時点で自分の姿が変わってしまっていることに気がついていなかったムーミントロールは、誰もが自分のことを「知らない」と言うことについて「新しい遊び」だと思う。それで「ぼくは、カリフォルニアの王さまなんだ!」なんて言ってみるけど、その嘘はそのままみんなに信じられてしまう……。自分とは一体何なのか、そんな疑問がふっとよぎる怖いエピソードだ。

結局きちんと元の姿に戻ることができたのだけど、その後、この「まっ黒いシルクハット」はちょっと危険だぞ? ということで「ほらあな」に隠されたり、ムーミン家の「かがみの下にあるたんすのひきだし」に保管されることになる。うっかりシルクハットの中に何かが入ってしまったら大変なことになってしまうから。

ある時スナフキンが「ルビーの王さま」を探しているという「飛行おに」の話をすることになるのだが、この「飛行おに」という存在はどんな姿にでも変身でき、いつでも黒いひょうに乗って空を飛び回っているらしい。今は「ルビーの王さま」を探すために月に言っているのだが、2、3ヶ月前に黒いシルクハットを失くしてしまったという。

最後はこの「飛行おに」がムーミン一家主催のパーティーに現れて「魔法」を使ってたくさんの願いをかなえてくれるハッピーエンドだ(この部分の賑やかな描写とそれぞれのキャラクターの願いが楽しい)。

自在に「変身」できるキャラクターが、あらゆるものを「変身」させてしまう「魔法」の帽子からはじまる物語の終りに引き寄せられ、「魔法」を使って願い事を叶えてくれる。一見、単なるムーミン一家とその仲間たちによるドタバタを描いた作品に見えるが、実は「魔法」という要素を主軸にして物語が構成されているのだ。

 

スナフキンが旅立つシーンはやはり印象的なので、そのあたりを少しだけ引用しておきたい。

 

「ぼくたち、この春にもこんなふうにして、ここにこしかけたねえ。きみ、おぼえてる?――長い冬のねむりからさめた、いちばんさいしょの日じゃなかった? ほかのものたちは、まだみんなねむってたっけ」

 こうムーミントロールがいうと、スナフキンもうなずきました――せっせと、あしの葉でささ舟をこしらえては、川に流してやりながら。

「あの舟たちは、どこへいくんだろうね」

 と、ムーミントロールはききました。

「ぼくのまだ、いったことのない国さ」

 と、スナフキンは答えました。そのあいだにも、小さな舟は、一そう、また一そうと、川の曲がりかどをくるっとまわって、見えなくなっていきました。

トーベ・ヤンソン 著、山室静 訳『たのしいムーミン一家』より引用)

 

こうしてスナフキンは旅だって行く。ささ舟の流れによって強調された空間の広がり、その広がりの中へと旅立つスナフキンの遠ざかるハーモニカの音色……。なんて味わい深いんだろう。このキャラクターが愛されている理由がほんの少しわかった気がする。

 

他にもスナフキンの名言として有名なものをいくつか。

「うん、計画はもってるさ。だけど、それは一人だけでやる、さびしいことなんだよ。わかるだろ」

「春のいちばんはじめの日には、ここへかえってきて、またきみの窓の下で口ぶえをふくよ。―― 一年なんか、たちまちすぎるさ」

(前掲書より引用)

 

この作品にはスナフキンの他にも有名なキャラクターがたくさん登場する。ざっくり書きだしてみよう(ムーミントロールとその両親であるムーミンパパ、ムーミンママも勿論登場する)。

 

スニフ、スナフキン、植物研究をしているヘムレン、スノークスノークのお嬢さん、じゃこうねずみ、トフスランとビフスラン、モラン、ニョロニョロ

 

なんだか、アプリゲームでお馴染みのキャラクターが出そろう感じのする原作小説だ。もしゲームの世界観が気に入ってムーミンシリーズにもっと触れようと思ったら、『たのしいムーミン一家』から読めばいいのかもしれない。

 

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あ、そうそう。じゃこうねずみさんの愛読書『すべてがむだであることについて』がちょっとした事故(?)によって、『すべてが役に立つことについて』に変身するなど、くすっとできるエピソードも満載だった。