Danse Macabre!

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。

Arbetsglädje、楽しんで取り組む―ボエル・ウェスティン『トーベ・ヤンソン―仕事、愛、ムーミン』

私はムーミンの原作小説が大好きだ。

それから、いろいろと雑貨屋でみかけるムーミングッズを眺めているのも好きだ。

それまで「キャラクター物」を好きになれなかった自分がどうしてこんなにもムーミンに惹かれるのだろう? それはもしかしたらムーミン世界で暗黙の了解になっている「自由」のためであったり(ムーミン一家はそれぞれ好き勝手にやっているふうに書かれる)、また作者の仕事と愛に向かう姿勢のためなのかもしれない。

トーベ・ヤンソン、というムーミン物語の原作者の名前を知っている人はどれほどいるだろう。知っているようで意外と知らない。ムーミン小説を全部読んで、コミックスもけっこう読んだけれど、作者のトーベ・ヤンソンそのひとについて書かれたものを読んだのは今回がはじめてだった。

 

ボエル・ウェスティン 著、畑中麻紀・森下圭子 共訳『トーベ・ヤンソン―仕事、愛、ムーミン』(講談社、2014年)

 

トーベ・ヤンソン  仕事、愛、ムーミン

トーベ・ヤンソン 仕事、愛、ムーミン

 

 

 

 

「書くこと、描くこと。好きな場所を見つけること。愛する人と過ごすこと。自分の本心を見つめること。たとえ何があろうとも――」

人生で何よりも大切なこと

ムーミンを生み出したトーベ・ヤンソンの生涯。

最も信頼されていた研究者による決定版評伝!

176点の図版と写真資料満載

(帯文より引用)

 

トーベ・ヤンソンは1914年8月9日にフィンランドヘルシンキに生まれた(現在、8月9日はムーミンの日ということになっている笑)。父ヴィクトルは彫刻家、母シグネ(愛称ハム)は挿絵画家だった。トーベ自身は画家として、また作家として七十年以上活動をしたそうだ。デビューはわずか14歳の時、雑誌のイラスト掲載だった。翌年には児童誌のルンケントゥス誌で全七回の物語の連載を担当。十五歳で最初の風刺画を発表(以上、前掲書に記載されている情報より)。ちなみにムーミン物語の最初の小説『小さなトロールと大きな洪水』が発表されたのは1945年晩秋。当時はまったく注目されなかったらしい。

トーベ・ヤンソンの芸術家人生に貫かれていた姿勢、それは「働く」ということだった。「働くことは、行動すること、工夫すること、成し遂げることだ。」(前掲書17頁より引用)

 

「創造」や「インスピレーション」という言葉は、ヘルシンキのカタヤノッカ地区ルオッツィ通り4Bにあったヴィクトルとシグネのアトリエハウスでは禁句であり、その代わりに「働くこと」と「意欲」について語られた。若きトーベの挿絵付きの日記には、働くことのさまざまな描写があふれている。書き、描き、塗り、縫い、彫り、冊子を作り、いかだや小屋や小さな家も作る。

(前掲書、18頁より引用)

 

ものをつくるということに対して、常に「楽しんで取り組む(arbetsglädje)」姿勢に共感してしまう。もちろん、作っている過程がいつも楽しいとは限らないけれどトーベ・ヤンソンにとって創作活動はいつも「自由」であるべきものであった。「私はもっと自由にならなければ。絵を描いている時に自由でいるために」(111頁)とも書き残している。

 

「義務感と意欲とのバランスは、絶えず私の課題であり続けた。でも、少しずつ私は私らしく、私なりの解決に辿り着きつつある。自分の意欲に誠実になること。やりたいと思ったことを楽しんで取り組む。人からやらされたものは何ひとつとして、自分にも周りにも喜びをもたらさない」

(前掲書17頁より引用、1955年4月ムーミン最初のブームがピークに達した頃にトーベが書いたもの)

 

「私らしく、私なり」ということは、簡単そうでいてとても難しい。

日本には世間体を気にする風潮が濃くあると思うのだけれど、そういう空気はスウェーデンフィンランドにもあるらしいと最近知った。「ヨーロッパの日本」などと言われることもあるらしい。トーベ・ヤンソンフィンランド人であるが、スウェーデン語を話す(ムーミンスウェーデン語で書かれた)。このスウェーデン語系フィンランド人の、しかもアーティストの世界というのはとても狭いそうで、そうなると周りを気にすることも多いように思う。そんな中で(そんな中だからこそ?)「自由」を求め、「私らしく、私なり」であることを追求したトーベ・ヤンソンの勇気に驚く(それだけでなく、1940年代にはガルム誌で一国の支配者を取り上げて嘲笑う抗議の「諷刺画」を描いていた。検閲にひっかかって掲載されなかったりもしたようだが)。

 

大好きだった人々、父や、母、ふたりの弟たち。それからその時々のパートナー、アトス・ヴィルタネン、ヴィヴィカ・バンドレル、トゥーリッキ・ピエティラのこと。戦争や政治の暗い時代、美術学生として過ごした日々、留学、「ムーミンビジネス」に忙殺されていたつらかった時期のこと。ムーミン以外の絵画や小説、島暮らしのことも。なによりも「自由」を愛し、自らを「画家」と規定することにこだわったトーベ・ヤンソンの生きる姿勢が、彼女の手による日記やメモ、手紙の文章も交えて詳しく書かれた600頁以上もある贅沢な1冊である。

もちろん、「ムーミン(mumintrollet)」誕生やその後世界中で読まれるようになっていく経緯も詳しく書かれている。初期のムーミンを描いた絵のなかに、黒いムーミン(?)がいる!!

 

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