言葉でできた夢をみた。

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。(書きながら、勉強中。)

ここに小説を「置く」と、新たな時空間が立ちあがる? あれ、ここどこだっけ?―福永信 編『小説の家』

この本は、2010年4月号~2014年8月号まで『美術手帖』誌上で連載された小説とアートワークのコラボレーション(企画・発案:福永信)をまとめたアンソロジーである。

 

福永信 編『小説の家』(新潮社、2016年) 

 

この連載がはじまった頃、つまり2010年頃の自分ならこういう「アートとしての小説」にすごく共感したと思う。そしてそういう表現の在り方にインターネットいう場がぴったりだと思っていた(まぁ、この思いはやぶれるんですが笑)。

この本のすごい所は、小説は小説として面白く、アートワークはアートワークとして面白いのだけれど、その上でさらに合わさることによって独特の時空間を作り上げたと言える。これぞコラボレーションの意味……!

だからこの本、ちょっと紙質が良いです、カラー印刷です、ヴィジュアル面にとても力が入っています(だからちょっとお値段が高いです)。ページ上に小説を「置く」ということにここまで注意を払った本はそうそうないだろうと思う。眺めていてとても楽しかった。

途中、なんか白いページが続くのだけれど……。

 

このような、時間経過にともなって暗闇に目が慣れてゆく視覚の変化――そうした体験そのものを鑑賞行為に組み込んだインスタレーション作品が、ここには展示されている。

(前掲書掲載、阿部和重「THIEVES IN  THE  TEMPLE」159頁より引用)

 

……Yonda?

 

美術手帖』掲載時から「読めない」「印刷事故か」といった問い合わせ(苦情?)が編集部に寄せられていたらしい。極度に薄いインクで白地に印刷された、光にかざして角度を調整するとやっと判読できるかというエディトリアル処理、だそうであるが……読むのが大変だった。いろいろな角度からみた。まるで美術館にいるみたいな読書だった。

(ちなみに上の引用は、昔ネット上でよくみかけたネタバレ防止のための書き方をつかっています。なつかしい)

目次をさっと見るだけで、執筆陣の豪華さにしあわせを感じた。小説に対して何か「お題」のようなものが存在していたかどうかはわからないけれど、どの作品も「なにかをつくりだす」ことに向き合った結果なのだと思った。もちろん、作家によって方向性は様々。

中でも、最果タヒ「きみはPOP」という作品がとても好きだ。

 

「大量の肯定に少しだけの否定を混ぜたのがポップスだ」

(73頁より引用)

 

この作品の語り手は、大量の肯定(聴衆)に向かって少しだけの否定を投げ込んでいくアーティストだ。肯定だらけのねちょねちょした空間に「私」のするどい否定がわりこんでくる、これが才能、かっこいい。私ブログ管理人はSNSの「いいね」機能がかもしだす、漠然とした共感、肯定のねちょねちょした感じが嫌いなのだけれど、そんな自分にとってこの小説の語り手「私」の否定は気持ちが良かった。半ば暴力的と言ってもいいくらいの「否定」による切り裂きのこの爽快感。

たとえば「おまえら、死ねよ」(67頁)、「おまえらナルシストたちの自己愛発散のサンドバックになっている私です。」(69頁)、「私はパスタをもう食べたくないと思ってゴミ箱に捨てた。」(74頁)、「明るい日差しがカーテンから、まっすぐ目覚まし時計と私の小指を切っていく。」(78頁)

これらの言葉からうっすらと浮かび上がる暴力的な印象(それから冒頭の引き金を引く、もそうだ)。どれも小さな暴力であり、何かを決定的に破壊しつくすようなものじゃない。この小さな暴力の印象が作品全体にうすく広がるように注意深く配置されているように思った。ひとつひとつの小さな暴力(否定)が、小説の世界に充満する大量の肯定に混ぜられ薄められた、そのおかげで「私」が「売れる」ということを書いた、つまりこういうあり方が先生の規定したポップスの在り方であり、そういう存在になれた語り手「きみはPOP」なのだ。それでうれしいかどうかは知らない。語り手の声はPOPなものとしてCDというパッケージ化を経て消費されていく。作品のレイアウト(ここがアートワークと小説のコラボとして素晴らしいと思う所、そのもの以上の時空間を演出してしまう)も含めて、POPというものの在り様そのものを描いて見せたのが、この作品なのかもしれない。語り手の主張が濃く書かれれば書かれるほど、その部分がCDに添付されている歌詞カードの歌詞みたいに思えてしまう。ただ紙に印刷しただけの写真と文字で、これだけの空間を生み出せてしまえるのか……と正直驚いた。メタとかそういう言葉じゃ足りない、なんかこう読者を引きず込み巻き込んでしまう力を感じた。

 

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収録作品(本の帯より引用)↓↓

「鳥と進化 / 声を聞く」短編でしか拾えない声、柴崎友香の新境地。

「女優の魂」チェルフィッチュの傑作一人芝居にして岡田利規の傑作短編小説。

「あたしはヤクザになりたい」たくさんのたった一人のために。山崎ナオコーラが書く永遠。

「きみはPOP」最果タヒがプロデュースする視覚と音の世界。小説と詩の境界。

「フキンシンちゃん」新人漫画家・長嶋有の風刺&生活ギャグまんが、たくらみに満ちた続編。

「言葉がチャーチル」お前はすでに終わってる。青木淳悟が始末する世界史。

「案内状」あの耕治人が全国の文系男子を激励! 幻の作品、時空を飛び越えて収録。

「THIEVES IN  THE  TEMPLE」白いスクリーンに映り込む人間模様の黒い影。文学を漂白する阿部和重の挑…(おっと、帯がちぎれていてこの先がみえない)

「ろば奴」いしいしんじはよちよち歩きで世界の果てまで到達する。奇跡の作品。

「図説東方恐怖潭」「その屋敷を覆う、覆す、覆う」そのとき、古川日出男は現実を超越する。

「手帖から発見された手記」すべてはここから始まった。円城塔によるまさかの大団円。

 

 

 

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