言葉でできた夢をみた。

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。(書きながら、勉強中。)

『MONKEY』という文芸誌のこと―将来を明るく見据える支援?

「月刊」ということにこだわらなければ、面白そうな文芸誌っていっぱいある。

今回ご紹介するのは『MONKEY』という文芸誌。

 柴田元幸責任編集 MONKEY

 

 

「翻訳家の柴田元幸が責任編集を務めるMONKEYは、今私たちが住む世界の魅力を伝えるための文芸誌です。いい文学とは何か、人の心に残る言葉とは何か、その先の生き方を探していきます。未来への羅針盤となるために。」

『MONKEY』vol.12巻末、ホームページより引用

 

 

年3回(2月、6月、10月)の発行で一年間、または二年間の定期購読も可能だ。

詳しくはHP参照。ちなみにvol.12の最後の方、編集後記的な位置にある「猿の仕事」という文章には定期購読の宣伝としてこんな文言がある。魅力的だったのでそのまま引用(うまいな~と笑)。

 

「性格的になかなか将来を明るく見据えられない人間が将来を明るく見据える支援にもなります。次号から、ぜひ。」

(『MONKEY』vol.12 「猿の仕事」187頁より引用)

 

MONKEY vol.12 翻訳は嫌い?

MONKEY vol.12 翻訳は嫌い?

 

 

 

私がこの文芸誌を手にしたのは12号がはじめてだった。たまたま好きな小説家である小山田浩子さんが新作掌篇小説「世話」を寄稿しているということで気になっていたのだ。よほどネットで注文しようかと思ったが、本屋で偶然見つけたのでそのまま買って帰った。

翻訳家が責任編集を務める「翻訳」特集の文芸誌(vol.12特集「翻訳は嫌い?」)。

これは面白そうな予感……。

パラパラめくるだけで豊富なイラストレーションにわくわくしてくる。コンテンツは公式サイトを参照していただくとして、特に私の印象に残ったのは石川美南×ケヴィン・ブロックマイヤーのコラボによって生まれた短篇小説「大陸漂流」と、リディア・デイヴィスノルウェー語を学ぶ」。

 

前者は2013年春にニューヨークで開かれた英語文芸誌「Monkey Business」第三号刊行記念イベントが発端。これに参加した石川美南、ケヴィン・ブロックマイヤーの両氏が意気投合。石川作「物語集」をブロックマイヤーが読み、そこに掲載されている短歌のいずれかを「翻訳」したい、との意思を表明。それで、2016年に書かれたのがブロックマイヤーの短篇小説「大陸漂流」なのだ。この企画にはいくつもの「翻訳」が含まれている。まず双方がやりとりする時の「日本語⇔英語」という言語の翻訳、それからもうひとつ、「短歌→小説」という形式間の翻訳。さらにブロックマイヤーが英語で書いたものを『MONKEY』vol.12掲載にあたり柴田元幸さんが日本語に「翻訳」。

この短篇小説がとても気に入った。もとになった石川美南さんの短歌はこれだ。

 

「陸と陸しづかに離れそののちは同じ文明を抱かざる話」

『MONKEY』vol.12 26頁より引用

 

「大地がふたつに割れた夜、マヤとルーカスはそれぞれの家のあいだにはさまった丘の斜面に横たわり、手をつなぐともなくつないでいた。」(27頁)とはじまる小説は、時の流れと恋の断絶と、ふいの再会というものが、大陸の動き(地割れと合体)というダイナミックなものを背景に、静かに描かれている。とっても魅力的だ。

 

 

リディア・デイヴィスノルウェー語を学ぶ」は、アメリカの作家であるリディア・デイヴィスが、ノルウェーの作家ダーグ・ソールスターの「テレマルク小説」を辞書なしで読んだ、という読みの冒険の記録。ソールスターのこの小説はとても長い本で、「全面的に事実に即していて、物語の大半は1691年から1896年のテレマルクにおけるソールスターの祖先の誕生、結婚、死亡、資産取引をめぐる詳細な記述から成っており、事件のようなものはほとんどなく、迫真のドラマはほぼ皆無、作者による推測はたっぷりあり、そこここで記憶に残る人物が登場する」(103頁)。これが本当に「小説」なのかどうかは、ノルウェーでも物議を醸した(そうだ)。出版に対する体力をなくしつつある日本でも絶対に翻訳されないだろう、出版体力の回復が待たれる(笑)し、そもそもそのために読書家たちはわざわざ自分の読書時間を削ってまでこうやって発信しているのではなかったか?

そもそもリディア・デイヴィスがこのノルウェー語で書かれた本を読もうと思った理由も、結局「翻訳」を期待できないから、というのが大きかったようだ。ごく基本的なことしかわからない言語(ノルウェー語)を前にしたリディア・デイヴィスの読みの試行錯誤は、誤りも含めて、読む書くことに対する愛情に満ち溢れている。

 

小山田浩子さんの新作掌篇「世話」は、2017年5月にアメリカで行われた講演で披露されたものらしく、ブライアン・エヴンソンらとの対談で「ひどい悪夢」として披露されていた。小山田浩子さんがみたという悪夢をもとにした「世話」は、三歳の娘を抱いて実家の前庭に出た「私」がどこからともなく現われる(というか始めからそこに置いてあった?ふいに意識にのぼる)「トマト」と「油蝉の鳴き声」に包囲されていく作品だった。

他にも「菩薩は人を殺せるだろうか?」という問いでしめられる古川日出男さんの「宮沢賢治リミックス グスコーブドリの伝記 魔の一千枚(兄妹論)」、ポール・オースターがインタビューで語った米国の某大統領への素晴らしい批判「とにかく一貫性がないし、何を言い出すかわからないし、平気で嘘もつく。Xと言ったら次の瞬間にはYと言う。霧をまいて何も見えなくしている、なんて比喩じゃ足りなくて、霧ばかりか屁をこきまくってすさまじい悪臭に我々は何も嗅げなくなっているという感じだ。」(155頁)など、面白いコンテンツでいっぱいだった。

 

ちなみに次号は、食べることをテーマとした新作を並べるそうだが、よくあるグルメ特集などとは北極と南極ほどもかけ離れたものになりそう……とのこと(次号特集「猿の一ダース 食篇」(2017年10月15日発売)。