Danse Macabre!

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。

ブルーノ・タウト―2 眼が思考するということ、「床の間」と「博物館」

「床の間は芸術および芸術の集合場所であって、そこに据えられた僅かな什器と相俟って、思いのままに変ずる独自の雰囲気を部屋に与えさらにまた、部屋そのものに対して均衡によるあたうる限り間然するところのない純粋さを要求する。これを煎じ詰めていえば、部屋が床の間の種々の放射を担い得るように、そした美の中立性すら部屋に要求するといえよう。」

ブルーノ・タウト著、森儁郎訳『日本文化史観』明治書房、昭和11年より引用)

 

ブルーノ・タウトと言えば、「桂離宮」と「床の間」を絶賛している人だろう。そしてこの二つについていずれも「そんなもんは知らん」と言った感じに批判しているのが坂口安吾である。私はどうかというと、知識の上では知っているが、確かに見たことがない。桂離宮も床の間も(苦笑)

 

床の間とは

「ゆかを一段高くし、正面の壁に書画の幅などを掛け、床板の上に置物・花瓶などを飾るところ。近世以降の日本建築で、座敷に設ける。室町時代の押板が起源。」

広辞苑より)

 

本当に、床の間に関しては、日本美術史で習ったから知ってます!という程度の知識しか私にもない。ただ、「床の間」の考え方が、私の身に染みついているように思えるから不思議なのだ。「部屋が床の間の種々の放射を担い得る」ということ。特に「放射」。床の間が部屋という空間を規定するということ、この感覚だけがなんとなくわかる。

何故かとしばらく考えて思い至ったのは学生時代に唯一まともにとった資格である「学芸員」のことだ。私が通っていた大学でこの資格に関わる授業を主に受け持っていた先生が日本美術の専門家であった。おそらく、床の間の空間美について深い理解のあった先生だったのだろう。広義の博物館(美術館や動物園、水族館も含む)を10館以上自分で見学し、詳細なレポートを書かなければならなかった。このレポートでは「博物館」という空間全体を眼でもって思考しなければならなかった。思い返せば懐かしい。私はブルーノ・タウトを読んだ今やっと先生の意図が見えた、というレベルのダメな学生であった(苦笑)

「博物館建築はただの箱でよい、というか、ただの箱がよい」

と、先生はよく言っていたが、博物館の展示品というものは上手く配置することによって空間を内部から規定する性質を持っているのだ。私はこんな所にタウトの床の間論を感じてしまった。来館者は空間に視線を投げかける。展示品をみる。そこで大切になってくるのは「動線」ということ。つまり、博物館の内側で観覧する人々にどう移動してもらうのが良いのか、どういう風に視線を動かしていけばより面白い体験をしてもらえるのか? ということだ。こういう所に気を配っている博物館は一度いけばわかる。展示されているものがどんなものであれ、一貫した美しさを感じることができるからだ。これはまさに展示品からの「放射」だ。少なくとも私はそんな風に考えている。

 

現代の日本において「学芸員」という資格は四年制大学に通っていればかなりの確率で取得できる資格である。ただ、必要単位取得の講義の内容や厚みは各大学の裁量によるところが大きく、私が知っている他所の大学などはひどい有様だった。まるで小学生の社会科見学のように全員でぞろぞろと博物館を3館程度回って終了だったという……(大学生でそれはないだろう、と反感を持った若い頃が懐かしい)。ごてごてと装飾ばかりが立派な現代建築の博物館よりも、安定感のある「箱」としての博物館建築の価値を、これから学芸員の資格を取ろうと思っている学生さんには考えていただきたい。

 

最初のほうに書いたタウトの文章の先をもう少しだけ引用して終わりにしよう。

 

「かくの如く床の間は各種芸術の限界及びその意義に関して比類なき決定の役割を果たすものである。再言すれば、建築はその抽象的な均衡の営みによるその純粋さが最大限度に中立的である場合において、これが美しいといえるのであって、他方彫刻及び絵画(掛物の一部分、ないしその全部が文字である場合すら少なくない、詩についてもまた同断である)居住者の精神生活なり、感情生活なりに最大限度に接近した場合においてこれが美しいということになってくる。すなわち、建築の意義は抽象的な不偏性であり、絵画、彫刻、および装飾の意義は精神的なものへの直線的な接近であるということになる。」

(前掲書、14頁より引用)

 

※なお、今回の記事において書籍からの引用は、すべて現代仮名遣いに直していますが、たまにボケて間違っている可能性があります。ご了承ください(笑)

 

参考までに

学生時代に日本美術史の授業で使った教科書はコレでした↓↓

日本美術の歴史

日本美術の歴史