Danse Macabre!

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。

ブルーノ・タウト―概要、文化論もろもろ

私がブルーノ・タウト(1880-1938)という建築家を知ったのは昨年のことで、とある文学論を読んでいた時に引用されていた一節がきっかけだった。

その一節というのは「眼が思考する」ということだった。思わず部屋中をぐるりと見回してしまったが、私の眼は何かを思考したのだろうか? そんなわけで、昨年の春くらいからちびちびとブルーノ・タウトの著作を読んでいた(そしてそんなことを考えながら「眼」についての小説を書いたりしていた)。

 

今まで、私が読んできたブルーノ・タウトの著作は以下の三冊。

・森儁郎 訳『ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た―』(明治書房、昭和16年)

・森儁郎 訳『日本文化私観』(明治書房、昭和11年)

・篠田英雄 訳『日本美の再発見』(岩波書店 1939)

 

『ニッポン―ヨーロッパ人の眼でみた』より↓↓

f:id:MihiroMer:20160206194924j:plain群馬県高崎市少林山記念碑

 

 

f:id:MihiroMer:20160206195342j:plain ←『日本美の再発見』

 

 

 

代表的なもので入手可能なものから順に読んでいった。ちなみに冒頭に書いた「眼が思考する」という文章は『ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た―』の中で桂離宮について書かれた部分にあった。

 

そこには絶対に装飾的ではなく、精神的な意味において機構的な一種の美が達成されていた。このような美は、いわば眼を思考の変圧器とするのである。眼は見ながら、思考するのである。しかし眼が見てしまった後には、頭も考える。」

ブルーノ・タウト『ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た―』 桂離宮、39頁より引用)

 

 

ブルーノ・タウトその人の経歴などは、別のところでちょっと検索してもらえればすぐに出てくるのでここでは詳しく書かないけれど、ドイツの東プロイセンケーニヒスベルク生まれ(イマヌエル・カントと同じ!)で、1933年に来日、三年半ほど日本に滞在し、その間に日本のあちこちに出向いて、日本美を「再発見」するような文章を残した。中には本当に美しいと思えるような文もあり(これはまた別の機会に書きたいと思う)、読んでいてなかなか楽しい紀行文もあった(そういう意味では『日本美の再発見』という本が一番面白かった)。

 

以下、大掴みにブルーノ・タウトの文化論についてまとめたいと思う。

ブルーノ・タウトは色々なものを引き合いに出すから、二項対立の図式で語りやすい。

桂離宮日光東照宮

天皇⇔将軍

・機能美⇔装飾美

・芸術⇔金・権力

・京都⇔東京      など。

 

こう並べてみるとわかりやすい。もしかしたら現代の私達が考える「日本の伝統的な美しさ」というものは、タウトによって「再発見」され「規定」されたものなのかもしれない。(こんな風に外国人の眼に規定されたことをいち早く感知し、単刀直入に批判したのが坂口安吾「日本文化私観」かもしれない。)

 

2020年開催予定の東京オリンピックのメインスタジアムの設計について思うことがある。木材を多用したデザインに対して街頭でインタビューされている人々のコメントは「日本らしくて良い」というものが多かった印象がある。日本=木の文化、というのは法隆寺など歴史的建造物に馴染があれば違和感はないのかもしれないが、現代の生活においては木よりもプラスチックのほうが身近な存在である(建築の問題とは別だが)。「日本=木の文化」ということについては時々立ち止まって考えるくらいの想像力があったほうがいいように思う。

 

ブルーノ・タウト鴨長明の『方丈記』を何度か引き合いにだして、日本の遷都(京都から東京へ)を批判している。タウトにとっては日本文化の中心はやっぱり京都なのだ。日本的、というと専ら京都由来のものであり、簡素で、自然と調和しているもの、と捉えているのも興味深い。彼によるとすぐれた芸術とは、機能的な簡素さの中に深い精神性を有しており、その精神性とは作品が生まれた国土や風土によって課せられた要求に純粋かつ力強く応え得るもの、といったところだろうか。

建築家であるので、空間についての思索が深く、それが彼の「床の間論」を形作っている。「床の間論」については、現代の博物館や美術館論などと合わせて考えると面白いかも(余裕があったらこの辺も書いておきたい)。

 

今年になって突然ブルーノ・タウトについてブログ記事を書こうと思ったのは、twitterで某フォロワーさんに坂口安吾のことを聞いたからだ。「美のタウト / 俗の安吾」で対になる、というお話だったのだが、大変参考になった(安吾については最近読み終えた)。ただ、タウトも「実用」を否定しているわけではない。むしろそういった「実用」(機能的)というものには日常生活の中にある精神性が現れており、日本人のそういった感覚も含めて美しいと感じているように読める。

しかし、ブルーノ・タウトはやはり日本において最後まで「客人」であったのかもしれないということは安吾の「日本文化私観」を読んで思った。安吾よりもタウトのほうが大掴みに日常を捉えている。生きるのに必要な細々とした事柄には触れていない。一方安吾は、「再発見される以前にもうすでに日本人だった」というようなことを書いている。日常を見る目がより細かい。細かいが故に俗っぽいものがよく見える。そして安吾は日常を愛するからこそ、その俗っぽいものを肯定しているのだろう。

美観や芸術・文化論を語る際に、大掴みになってしまうのは仕方のないことだ。その大掴みにされ個別の事象が切り捨てられると、それだけ政治的にも利用されやすくなる、というのは忘れないでおきたい(伝統という形で芸術が政治的に利用されるものは見ていて快いものではなかった)。「日本らしさ」「日本人らしさ」というのは絶えず流動しているのかもしれないし、その流動しているおおらかさが日本っぽいと言えなくもないかもしれない。

 

 

日本美の再発見 増補改訳版 (岩波新書)

日本美の再発見 増補改訳版 (岩波新書)

 
ニッポン ヨーロッパ人の眼で見た (講談社学術文庫)

ニッポン ヨーロッパ人の眼で見た (講談社学術文庫)

  
日本文化私観 (講談社学術文庫)

日本文化私観 (講談社学術文庫)