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Danse Macabre!

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。

他者との関係性、距離―仙田学『盗まれた遺書』

今回は仙田学『盗まれた遺書』より短篇小説「肉の恋」「乳に渇く」「ストリチア」について書いていきたいと思います。

 

 

盗まれた遺書

盗まれた遺書

 

 

『盗まれた遺書』の帯によると、この三作品は〈みゆき〉のパラレルワールドとして読めるらしい。確かに三作品とも〈みゆき〉〈松彦〉という「盗まれた遺書」でも見かけたような人物名が登場する。

しかし「盗まれた遺書」という小説には、そこには書かれ、想像され、書き換えられたり削除されたりするあらゆる可能性が想定できるので、パラレルワールドとして楽しむ読み方もあると同時に、まったく関係のないものとしても問題ないかもしれない。

仙田作品はいろいろな楽しみ方があるのではないか?と思った。

 

それぞれの作品について簡単にまとめておこう。

「肉の恋」は、肉というものへの渇望、偏執教的思いが、みゆきを異様な行動へ駆り立てていく。スーパーの精肉売り場の肉を全部買い占めたいとか、自らの生活のあらゆる局面で肉と触れ合っていようとする行動とか。しかし肉は腐るのだ。みゆきと肉の蜜月は長くは続かないのだ。「激烈な異臭が鼻孔をえぐった。」(73頁)からの死骸と結びつく回想を経て、読みながら、私やみゆきという存在自体も肉であることを突き付けられた思いがした。

 

「乳に渇く」は松彦とみゆきが作り続けた「おっぱい」の物語が、みゆきが姿を消した後の松彦の生活を脅かす。確かにフィクションだった「おっぱい」の物語が、段落を変えていきなり異様な恐怖とリアリティをもって迫ってくる。

 

「松彦はその日から、おっぱいの飼育に忙殺されることになる。」

(87頁より引用)

 

生物めいたおっぱいという存在(妄想?いや、それにしても強烈なのだ)に振り回されている松彦とは別に、ラストのみゆきは平然とシャツのボタンをとめて胸をしまい、布団にもぐりこむ。日常と非日常のコントラストが鮮やかな作品だ。

 

「ストリチア」は、中年のオッサンの頭部に蛸を彷彿とさせる肉塊のついた謎の存在「ストリチア」とのふれあい(?)によって、みゆきは自己の深い部分に潜っていく。最後にはみゆきによって捕食されることになる「ストリチア」、その骨がみゆきによって砕かれたのと同時にみゆきの中でも何かが砕けたような雰囲気がある。その砕けたものは、みゆきと他者の関係性か、その関係性を維持する中でつくられる世界観か。その世界観を維持する歯車としてのみゆきはその役目の外側に抜け出ていく。「みゆきはみゆきの顔を思い浮かべた。」(120頁)という奇妙な描写、巨大な機械の故障を思わせる支離滅裂なラスト。

 

以上の三作品に、私はどこかで自分の生きにくさのようなものを重ねて読んでしまった。読み返して気になった部分を以下にあげてみよう。

 

「切り分けられて容器に盛られ、スーパーの精肉売り場にぎっしりと並んだ肉の山。痛々しいほど赤く光る肉の表面には、毛細血管のような白い脂肪のすじが縦横に走っている。軽く頬ばり、唾液で繊維を溶かしながら飲みこんでしまうと、肉はからだのすみずみまで熱く広がって、見上げるとどこまでもついてくる夜空の月のように、みゆきをひとりではない気にさせてしまうだろう。」(「肉の恋」66頁引用)

 

「だが手を伸ばし触れてみると、それは手のひらに少し余るほどの温かみとやわらかさで、相変わらず松彦をひとりではない気にさせるのだった。」(「乳に渇く」84頁引用、手を伸ばし触れたのはみゆきのおっぱい)

 

「そこには熱い肉の塊があった。みゆきはひとりではなかった。」(「ストリチア」118頁引用)

 

三作品すべてに「ひとりではない」という描写があり、それぞれの作品はそれぞれに異様でありながらも「肉」という生々しい物体によって世界と個人との関わり合いを描いているように思えてならない。愛おしいけれど、近づきすぎることで、腐り落ちるように失われていく世界との関係性。

 

人間にとって一番やっかいなのは自分以外の他者との距離感ではないだろうか? 普通に生きている人はそれほど考えないのかもしれないが、一歩その普通から離れてみると、この距離感の取り方の難しさに困惑する。あまりに他者と近づきすぎると面倒になって、その関係性が他者とつくりあげた世界観ごと崩壊してしまう。だけれど、ずっとひとりでいると寂しい。自己と他者がその境界線をギリギリ接するあたりで、私たちは関係性を作り上げ、その世界観に安住しているのかもしれない。本当の所人間はどこまでも孤独なのだけれど(というのが私の基本的な考え方なのだけれど)、それを鵜呑みにするにはあまりに怖すぎるので「肉」という物質的なもので自己を他者と繋ぎ合わせているような。

(と、いうことを突き付けられた思いがする、そんな作品でした。)

 

2015/12/13追記

作者の仙田学様がブログで取り上げてくださっていました。

ameblo.jp

有難いことです……(というか感動)

 

 

当ブログの参考記事はこちら↓↓

 

mihiromer.hatenablog.com

 

 

mihiromer.hatenablog.com