言葉でできた夢をみた。

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。(書きながら、勉強中。)

未知の、既知の感慨―滝口悠生「死んでいない者」

今回は前回までのコルタサル更新を一旦停止して、滝口悠生「死んでいない者」(文學界2015年12月号掲載)の感想を書きます。

 

文學界

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「押し寄せてきては引き、また押し寄せてくるそれぞれの悲しみも、一日繰り返されていくうち、どれも徐々に小さく、静まっていき、斎場で通夜の準備が済む頃には、その人を故人と呼び、また他人からその人が故人と呼ばれることに、誰も彼も慣れていた。」

(作品冒頭文 引用)

 

こんな風に書き出されるお通夜の風景。人が死ぬということは、悲しいことであるが、何故かお通夜には悲愴感がない。それよりも親戚が一堂に会するためか、やけに賑やかになるものだ。通夜の夜に親戚が一堂に会するのは故人の生前の仁徳故だと、私の叔父がかつて言っていたのを思い出した。

そんな田舎のお通夜「あるある」が小説の中に流れる「リアルタイム」の時間として描かれる一方で、そこに集まる誰もが色々なことを回想する。その「記憶」が現実の時空間とその場にいた人々の関係、距離感の描写に厚みを持たせる。

滝口悠生の前作「ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス」は現在が過去を作りだし、またその過去が現在に影響するような記憶というものの性質を描いた作品であったが、今回は同じ記憶というものを大切にしつつ、それが個人を越えてどう作用するかについてまで描かれている。

「一族の記憶」というと大げさに響いてしまうが、そういうものがあるとすれば、それは一族の個々の成員がそれぞれ勝手に回想して、互いの回想や認識を元に再構成した、雑多で漠然としたものなのだろう。どれも不確かだが、事実無根とも断言できないエピソード。回想する人が違えば、当然思い出す過去をみる視線も変わるわけだから、それはもう人の数だけエピソードが生成される。

 

読み終わってから一夜経った時の私の頭の中は、いろいろな人間の感情が渾然一体になって回っているような感じだった。誰もが正しく、また正しくない。矛盾もあるが、その矛盾を証明できる者はいない。しかし誰もそんなことを気にせず、もっと大掴みに記憶の集合を捉えている。なんとなく、一族、という「似た者同士」をゆるやかに捉えている。それぞれの個人の回想の中に、一族の誰彼の姿があって、それぞれがそれぞれの都合で一族の記憶を作りだしているような。

 

読み始めた時、作中にたくさんいる親戚のそれぞれのエピソードを延々と読まされることに嫌気がさし始めたが、途中から「それほどガチガチにエピソードを追う必要がないのではないか?」ということに気づいて楽になった。語りに注目して、それぞれの人物の感覚を大事に読んでいくと楽しかったし、さらにそれぞれの人間関係を俯瞰するのも楽しくなってきた。個人の背景(内面)は普段は絶対に見えないものだが、人間の中なり後ろなり、とにかく見えない部分にはたくさんの雑感がある。それらを通して私達は他の人との関係を作り上げたり、眺めたりしている。

 

同時に作者が一度構成したものを我々読者は読むわけだが、作者を追いかけるように読み、そのあとでふと作品を思い出した時、読者は自身の中に独自の作品像を再構成する。記憶を巡る滝口作品の語りにはそんな力があるようだ。

 

文學界12月号の目次によると、

「通夜に集まった親族が遭遇する見えない奇跡。生者と死者の声が交錯する問題作」

とのことだ。なるほど「死んでいない者」。死んで今ここにいない者であるが、何故か死んでいるとも言いきれない者。日本人的な死者観念、「遠くへ行ってしまわない死者」。

日本の死者は(?/変な言い方だ)盆やら正月やら、何故かやたらに帰ってくる。それに加えて生きている者は時々死者とその周辺の記憶を回想しながら再構成しているらしい。

死んでいるような死んでいないような、もう取り返しのつかない状態(死)でありながら、穏やかで明るい雰囲気を醸し出している存在、それが通夜での故人なのかもしれない。

 

「ある瞬間に、昔から何度も聞いたことのある感慨に至り、それがありふれていればいるほど、そこに未知の、既知の、人々の感慨が折り重なってくる。」

(滝口悠生「死んでいない者」文學界2015年12月号掲載、本文22頁より引用)

 

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 2016年2月7日追記

第154回芥川賞受賞おめでとうございます。

勿論、単行本も出ています。ほんと、デビューから応援している作家が賞をとると嬉しいです。 

死んでいない者

死んでいない者

 

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