Danse Macabre!

海の底からわたしをみつめる眼は、きっといつか沈めてしまったわたし自身の眼なのだろう。

何故かムーミンシリーズの小説を読み始めたこと

最近、職場の人に誘われて、今更という感じではあったのだけれどムーミンのアプリゲームを始めた。こういうものに、どうしてもお金をかけたくないと思ってしまうので課金はせずにのんびり時間にまかせてプレイしているのだけど、結構面白い。キャラクターや…

化かされて、愉快いな―泉鏡花「化鳥」

化ける、というのはどういうことなのだろうとふと考えた。辞書的な意味を引いておくと「本来の姿・形を変えて別のものになる」ということ。私達は「化ける」ことよりも、たぶん「化かされる」ことのほうが身近に感じられるのではないだろうか? 自分が化けて…

連想から生まれる幻を追う―泉鏡花「照葉狂言」

今回は泉鏡花「照葉狂言」という作品について書いていく。 照葉狂言 作者: 泉鏡花 発売日: 2013/10/21 メディア: Kindle版 この商品を含むブログを見る この小説は1896年読売新聞に掲載されたもので作品内には、「鞠唄」「仙冠者」「野衾」「狂言」「夜の辻…

極端のはしっこ―泉鏡花「夜行巡査」を読んで

今年に入って、少しずつだったが、数か月間かけて泉鏡花の作品を読んでいた。先日ひと段落したので、作品をいくつか紹介しておこうと思う。 泉鏡花は、明治後期から昭和初期にかけて活躍した作家で近代における幻想文学の先駆けとしても評価されているそうだ…

日本語の時空間をめぐる旅―池澤夏樹=個人編集日本文学全集30『日本語のために』

かつてこの国では、文学全集という形式が流行った。そしてやがて廃れた。今、かつて出版された文学全集たちは、多くの町の図書館にある閉架書庫で埃をかぶって眠っている。時々その中の1冊、2冊がマニアックな読書家に発見されて借りられていくのだろう。1冊…

モノと文化、人と歴史と認識と―関根達人『モノから見たアイヌ文化史』

もう1年以上前になるが、私は以前こんな記事を書いた。 交流、混淆、変容 ―『アイヌ学入門』という本から再確認した文化観 - Danse Macabre! 生まれも育ちも北海道なのに、北海道の歴史が、はっきり言ってよくわからない。 小中高時代で習ったことによれば、…

僕たちが立つ場所―いしいしんじ『海と山のピアノ』

今回はいしいしんじ『海と山のピアノ』(新潮社、2016年)という本について書いていこうと思う。発売された時、表紙が可愛いということで話題になっていたのは記憶に新しい。書店へ行ったところ、新刊本コーナーにあったこの本の可愛さには抗えず……買ってし…

人生が凪ぐ時―ル・クレジオ『偶然――帆船アザールの冒険 アンゴリ・マーラ』

今回紹介する書籍にはふたつの小説が収録されている。「偶然――帆船アザールの冒険」と中篇小説の「アンゴリ・マーラ」だ。当ブログでは今回「偶然――帆船アザールの冒険」についての感想を書いていきたいと思う。 ル・クレジオ、菅野昭正 訳『偶然――帆船アザ…

束の間の越境―ル・クレジオ『海を見たことがなかった少年』

今回は前回に引き続きル・クレジオ『海を見たことがなかった少年』より「童児神の山」と「水ぐるま」という短篇作品を2本紹介したいと思う。 ル・クレジオ 著 豊崎光一、佐藤領時 訳、『海を見たことがなかった少年』(集英社文庫、1995) 海を見たことがな…

夢想としてまるで絵のような風景をみる―ル・クレジオ『海を見たことがなかった少年』

いつの頃からか、毎年に夏になると必ず読み返す本がある。 ル・クレジオ(豊崎光一、佐藤領時 訳)『海を見たことがなかった少年 モンドほか子供たちの物語』(集英社文庫、1995年)という本だ。 海を見たことがなかった少年―モンドほか子供たちの物語 (集英…

素材と表現の立場、自覚的に鑑賞すること―伊福部昭『音楽入門』について

伊福部昭、という人の名前を聞いてもそれが何者なのかいまいちピンとこない、という人であっても映画「ゴジラ」の音楽を作曲した人だよ、と言ってあげるとわかってくれたりする。それが良いことなのか、悪いことなのかはわからないが、ひとまず私はよく伊福…

言葉を使ってるから―仙田学「愛と愛と愛」感想その2

「言葉」というものは、人と人の間において障害にもなるし、架け橋にもなり得る。 人と人の間にあるかもしれない「空虚」を埋めることさえできるかもしれないし、人が隠そうと決めた心の弱い部分を暴力的にえぐり出し、攪乱してしまうかもしれない。 mihirom…

すっきりした文で、コミカルで、怖い―村田沙耶香「コンビニ人間」

今回は、村田沙耶香「コンビニ人間」について。この作品は第155回芥川賞受賞作ということで色々な人が手に取り、Twitterなどで感想を述べている。色々な人がひとつの作品について様々な感想を語る、今のこの状況、私はとても楽しい。 コンビニ人間 作者: 村…

騎士も城も恋人も、信じることが大事なのだ―セルバンテス『ドン・キホーテ』

今回の更新で『ドン・キホーテ』前篇に関する一連の更新は終わりにしようと思う。第一回目の更新で触れていた通り、今回は【絶対に本物の騎士になれないドン・キホーテ】、【重要な舞台装置、「魔法にかかっている宿屋」について】の二本立てで書いていく。…

物語の「中断」への積極的意味づけ―セルバンテス『ドン・キホーテ』

前回に引き続き、今回もセルバンテスの『ドン・キホーテ』前篇(牛島信明 訳、岩波文庫、2001)について書いていこう。 前回はなんとなく全体像的な話を書いたので、今回は【語りの面白さ】にフォーカスしてみたい。前回記事はこちら↓↓ mihiromer.hatenablog…

読書とは生活の中断である―セルバンテス『ドン・キホーテ』

おひまな読者よ。 さてさてお待たせしました!(え、なになに? 待ってないって言った? そんなの聞えなぁい!)今回の記事からしばらくの間、セルバンテスの『ドン・キホーテ』について書いていこうと思う。今回私が読んだものは岩波文庫版のこちら↓↓ セル…

寸断されたコミュニケーション―松波太郎「ホモサピエンスの瞬間」

吃音というものが実際どういうものであるのか、厳密な定義はよくわからないが、私にはどもっていた時期がある。どういうわけだか「どもる」のは常に職場だけであり、そこでの日常生活に著しく支障をきたしていたが、休日に仕事とは全く別の場所、別の人と話…

海から受取ったものを海へ返す―アン・モロウ・リンドバーグ『海からの贈物』

美しく生きるのは難しい。世界がごちゃごちゃになっている、というのが最近のニュースやSNSを見ていて思う私の雑感だったりする。そう世界がごちゃごちゃ。これは自分が大人になったから引き受けなければならなくなった社会的な責任なのか、それともやっぱり…

収斂しないイメージ、無限定なメキシコ―カルロス・フエンテス『澄みわたる大地』

カルロス・フエンテス(1928-2012)という小説家の作品を今回初めて読んだ。今回はこの本についての感想。 カルロス・フエンテス、寺尾隆吉 訳『澄みわたる大地』(現代企画室、2012年) 澄みわたる大地 作者: カルロスフエンテス,Carlos Fuentes,寺尾隆吉 …

誰かの空虚を埋める言葉―仙田学「愛と愛と愛」

仙田学が変態はじめしたの。TLのばたばたしてるときに、いつもはあたしが買わない文芸誌でうろうろしてるから、いいぞもっとやれって検索かけたら……。 (@MihiroMer twitterより抜粋) 今回は仙田学「愛と愛と愛」(160枚、文藝2016年秋号掲載)について書い…

死者のおしゃべり小説―フアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』

道は上りになったり下りになったりしていた。「行くか来るかで、上りになったり下りになったりするんだよ。行く人には上り坂、来る人には下り坂」 「下の方に見えるあの町はなんていうんだい?」 「コマラだよ、旦那」 (前掲書、8頁より引用) ラテンアメリ…

見る/見られる、眼差の戦争―ル・クレジオ『戦争』

先日、このブログを始めてから1年経ちました、というメールが届いた。どうやら1年続いたらしい当ブログ。1周年記念を謳った特別な更新は何もしないけれど、今後とも当ブログをよろしくお願いします(いつも見に来てくれる方々、本当にありがとうございます!…

時間の絶滅―ル・クレジオ『調書』

僕の舌には、嘔吐の味のようなものがあった。暑くて、あらゆるものがじっとりと汗をかいていた。自分でも覚えているが、僕は学生ノートを一ページ破り、その真ん中に書いた。 蟻どもにおける ある破局の調書 (ル・クレジオ 著、豊崎光一 訳『調書』(新潮社…

低空飛行なカフカ―『絶望名人カフカの人生論』を読んで

フランツ・カフカ、頭木弘樹『絶望名人カフカの人生論』(飛鳥新社、2011年) 絶望名人カフカの人生論 作者: フランツ・カフカ,頭木弘樹 出版社/メーカー: 飛鳥新社 発売日: 2011/10/22 メディア: 単行本 購入: 3人 クリック: 48回 この商品を含むブログ (26…

読書の果ての「私」の分離、遊離―村上春樹『ねむり』

さて予告通り前回の続き。 実際、この本はひとつの物体として美しいのでおすすめである。 ねむり 作者: 村上春樹,カット・メンシック 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 2010/11/30 メディア: ハードカバー 購入: 2人 クリック: 24回 この商品を含むブログ (3…

それは夢のようでない夢―村上春樹『ねむり』

今回から2回に分けてこの本について。 村上春樹、カット・メンシック(イラストレーション)『ねむり』(新潮社 2010年) ねむり 作者: 村上春樹,カット・メンシック 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 2010/11/30 メディア: ハードカバー 購入: 2人 クリック…

「物語」は面白い―バルガス=リョサ『密林の語り部』

今も昔も、人間は絶えずフィクションを生み出し続け、語り続けている。物語る、ということに終わりはなさそうだ。今回ここで紹介する小説、バルガス=リョサ『密林の語り部』はズバリ、「物語」というものについて掘り下げた作品だ。 バルガス=リョサ(西村…

人と蚕が紡いだ歴史、産業、文化―畑中章宏『蚕―絹糸を吐く虫と日本人』

今回ご紹介する本はこちら↓↓ 畑中章宏『蚕―絹糸を吐く虫と日本人』(晶文社、2015年) 蚕: 絹糸を吐く虫と日本人 作者: 畑中章宏 出版社/メーカー: 晶文社 発売日: 2015/12/11 メディア: 単行本 この商品を含むブログ (3件) を見る アカデミックなところでは…

ナボコフが語る『アンナ・カレーニナ』―悪夢という主題のこと、時間操作のこと。

今回の更新でトルストイ『アンナ・カレーニナ』に関する一連の記事は終わりにしたい。大長編を読むと、ブログの記事も長くなってしまう……。いいのか、悪いのか。 予告通り、今回は『アンナ・カレーニナ』自体というよりは、ナボコフが語った『アンナ・カレー…

生きることと読むこと。アンナと読書―トルストイ『アンナ・カレーニナ』

今回は「アンナと読書のこと」と題して≪生きることと読むこと≫という視点から『アンナ・カレーニナ』について書いていきたい。 アンナ・カレーニナ〈下〉 (岩波文庫) 作者: トルストイ,中村融 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 1989/11/16 メディア: 文庫 …

印象が風景と溶け合う描写の瞬間―トルストイ『アンナ・カレーニナ』

過去に、トルストイの後期作品『復活』について書いた時にも注目した風景描写であるが、『アンナ・カレーニナ』でも素晴らしい自然風景が描かれている。今回の記事では『アンナ・カレーニナ』に描かれた美しい風景を引用でいくつか紹介したい。人の印象や心…

生と死のコントラスト―トルストイ『アンナ・カレーニナ』

「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。」(トルストイ/中村融 訳『アンナ・カレーニナ』上巻、5頁作品冒頭部より引用) アンナ・カレーニナ〈上〉 (岩波文庫) 作者: トルストイ,中村融 出版社/メーカー: 岩波…

「どっこい生きてる」人に寄り添う―栗林佐知『はるかにてらせ』

今回は、栗林佐知『はるかにてらせ』(未知谷 2014年)についての感想。 はるかにてらせ 作者: 栗林佐知 出版社/メーカー: 未知谷 発売日: 2014/10 メディア: 単行本 この商品を含むブログを見る あー、今私、絶対汚いこと思ってるよね、っていうか心の中で…

過去を生き直す眼差―ル・クレジオ『春 その他の季節』

今回は、ル・クレジオ(佐藤領時 訳)『春 その他の季節』(集英社 1993年)について書いていく。 春 その他の季節 作者: ジャン・マリ・ギュスターヴル・クレジオ,J.M.G. Le Clezio,佐藤領時 出版社/メーカー: 集英社 発売日: 1993/09 メディア: 単行本 購…

本は読みたいようにしか読めない、ということに自覚的であること。

今回も『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』という本を読んで考えたことについて書いていきたい(今回でこのシリーズ(?)終わりにしたいと思います。実にいろいろなことを考えさせられた本だった、おススメです。) 関連記事↓↓ mihiromer.hatenablo…

耐久メディアの脆弱性とゲーム機についての雑感

子供の頃、永遠に続くと思っていた…… スーパーファミコンの時代(ボソ) 今回も『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』という本を読みながら考えたことについて書いていきたいと思う。画像多めに、まぁ、時には昔の話をしようか。 もうすぐ絶滅するとい…

「生涯学習」のふたつの側面、あるいはこれはエグイことかもしれない

今回は前回の記事の最後に予告した通り【「生涯学習」のふたつの側面、あるいはこれはエグイことかもしれない】ということについて考えたことを書いていきたい。だいたい『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』という本を読みながら考えていたことだ。 …

本棚に入れたい本―『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』

この本は、ウンベルト・エーコとジャン=クロード・カリエールによる、書物やその歴史から文化というものについてまで幅広く、時にマニアックに語った対談です。 もうすぐ絶滅するという紙の書物について 作者: ウンベルト・エーコ,ジャン=クロード・カリエ…

過去に、未来に、手を伸ばす―ル・クレジオ『パワナ―くじらの失楽園』

「それが始まりだった、まったくの始まりだった、そのとき海には誰ひとりいなかったし、鳥たちは太陽の光と果てしない水平線のほかなにひとつなかった。幼いころから、わたしはそこへ、すべてが始まりすべてが終る場所へ、行きたいと夢みていた。」 (ル・ク…

縁とは、無限の渦潮に似ている―いしいしんじ『悪声』

いしいしんじの作品で私が初めて読んだのは新潮2011年9月号に掲載されていた「ある一日」という小説だった。この作家の作品は、書くことに悩んで執筆の手が止まりかけた私にいつも火をつける。本の中から溢れ出し、膨らむイメージの奔流に、私の悩みは押し流…

語る―ガルシア=マルケス『ぼくはスピーチをするために来たのではありません』

今回は、前回の記事で触れた書籍、G.ガルシア=マルケス『ぼくはスピーチをするために来たのではありません』(木村榮一訳、新潮社2014)についての紹介です。 ぼくはスピーチをするために来たのではありません 作者: ガブリエルガルシア=マルケス,Gabriel G…

なぜ文学部不要論なのか?―社会が抱える「敗北感」

以前にとある文芸誌に「文学部不要論を論破する」というような表題のついた特集が掲載されたことがあった。寄稿された原稿はどれも事の核心から遠く、期待したほど面白くはなかった。そもそも本当に「文学」あるいは「人文学」を尊ぶ人は「論破」などという…

孤独な風景がみえてくる―ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』

ヘンリー・ジェイムズ(蕗沢忠枝訳)『ねじの回転』(新潮文庫) ねじの回転 (新潮文庫) 作者: ヘンリー・ジェイムズ,蕗沢忠枝 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 1962/07/09 メディア: 文庫 購入: 6人 クリック: 29回 この商品を含むブログ (36件) を見る 読…

絲山房という「場」

絲山房という「場」、なんだろうこのライヴ感! 群馬県の読書好きな方々がただひたすら羨ましい。これはおそらく全国初の試みではないだろうか? 本屋の一角に小説家がいるなんて。 4月1日から始まった「絲山房」は、小説家の絲山秋子さんの居場所。群馬県前…

食い合う果ての消滅―本谷有希子「異類婚姻譚」

「暮らし」というものには痕跡がある。その痕跡だけが示されると、暮らしの主体たる個人の不在が際立つものだ。たとえばこの小説に出てくるものなら、これから山へ捨てられる猫サンショの生活用品、部屋に残される強烈な尿の臭い、家にいないはずの時間に玄…

『ボルヘスとわたし』と私―ボルヘスについてまとめ

これまで何度かに分けてボルヘスの『伝奇集』や『創造者』について書いてきたが、時々引用につかっていた『ボルヘスとわたし』という書物について、一記事書くことは無意味なことではないと思う。私が用いていたのは、J.Lボルヘス著、牛島信明訳『ボルヘスと…

シンメトリーと軽度のアナクロニズム―ボルヘス『伝奇集』

今回の更新でひとまず、ボルヘスの『伝奇集』については終わりにしたいと思う。いやいや、随分長々と語ってしまった笑。でもなんだかんだ言って、やっぱりボルヘスは『創造者』が一番良いように思ってしまいます(汗)勿論、『伝奇集』も楽しめましたが。 今…

まるでこの世界は迷路じゃないか―ボルヘス『伝奇集』

今回はボルヘス『伝奇集』より「バベルの図書館」と「八岐の園」という短篇小説について書いていきます。 ■「バベルの図書館」 (他の者たちは図書館と呼んでいるが)宇宙は、真ん中に大きな換気孔があり、きわめて低い手すりで囲まれた、不定数の、おそらく…

想像すること、夢をみること―ボルヘス『伝奇集』

前回に引き続き、今回もボルヘスの『伝奇集』から「アル・ムターシムを求めて」と「円環の廃墟」という二つ短篇小説を紹介する。 伝奇集 (岩波文庫) 作者: J.L.ボルヘス,鼓直 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 1993/11/16 メディア: 文庫 購入: 32人 クリ…

「世界はトレーンとなるだろう。」―ボルヘス『伝奇集』

J.L.ボルヘス『伝奇集』を読んだ。今回からしばらくこの本の中から私が好きな短編作品を取り上げていきたいと思う(一体何作分書くのやら)。 伝奇集 (岩波文庫) 作者: J.L.ボルヘス,鼓直 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 1993/11/16 メディア: 文庫 購入…